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  4. 正社員の働き方を変える ―「働き方改革」の核心 ―

正社員の働き方を変える ―「働き方改革」の核心 ―

2017年11月10日(金曜日)

過度の長時間労働が法的に制限される方向が決まり、多くの企業は「働き方改革」への取り組みを急いでいます。しかし、「働き方改革」の目的は長時間労働の抑制に留まるものではありません。筆者は、職務の内容を定めることなく、会社が求めるままに「残業、転勤、何でもあり」で働く日本の正社員の働き方が、時代の要請と適合しなくなった点に、現在の「働き方改革」の最大の背景があると考えています。

以下では、「正社員改革こそが働き方改革の核心にある」という観点から、正社員の働き方にどのような問題があり、どのような変革が求められているのか について考えていきたいと思います。

1.「正社員」とは何か

筆者は以前から、「働き方改革」の中核は「日本的雇用」を変えること、つまり日本企業の正社員の働き方を変えることにあると論じてきました(注1)。そして正社員の働き方の最大の特徴は、「(1)雇用契約にjob description(職務記述)が無い」ことだと考えています。このことを前提にして、一方に「(2)企業が従業員に対して殆ど無制限の人事権を持つ(残業、転勤何でもあり)」ということがあり、その対価として「(3)定年までの雇用継続が保証」されるのです(注2)。従来から「終身雇用」という側面が重視されてきましたが、それよりも「今晩残業しろ」と言われればデートを諦めて残業し、「来月から北海道勤務」と言われれば家族を残して単身赴任するということの方が、世界的に見れば極めて特異な働き方なのです(濱口桂一郎氏(注3)の提唱により、こうした働き方は近年「メンバーシップ型雇用」と呼ばれるようになりました。一方、職務=jobを明確にした働き方は「ジョブ型雇用」と呼ばれています)。

そして何故、今「働き方改革」なのかと言えば、こうした日本の正社員の働き方がもう時代に適合したものではなくなったからです。この点は以下で詳しく説明しますが、その前に日本経済の現状、景気は良くて人手不足が深刻(有効求人倍率はバブル期のピークさえ上回っています)なのに、賃金が上がらず、だから物価も上がらないという事実に注目してみましょう。そうすると、実は賃金が上がっていないのは正社員だけであって、パートやアルバイトの時給(リクルートジョブズ調べ)は人手不足を反映して確実に上がっていることが分かります【図表1】(注4)。なお、「正社員の求人倍率は最近ようやく「1」を超えたばかりで、正社員に限って見れば人手不足は深刻でない」と言われることもありますが、それは正社員の求人票をハローワークに出すことがあまり多くないからでしょう。働き手の過不足を直接企業に尋ねた厚生労働省のアンケート調査(労働経済動向調査)によれば、正社員の人手不足の程度はパートに負けず劣らず深刻です【図表2】。こうした深刻な人手不足にもかかわらず正社員の賃金がさっぱり上がっていないとすれば、その働き方に何か重大な問題があるに違いないと考えるべきだと思います。

【図表1】名目賃金の前年比(%)
【図表1】名目賃金の前年比(%)

【図表2】雇用形態別労働者過不足判断DI
【図表2】雇用形態別労働者過不足判断DI

2.持続不能となった正社員の働き方

日本企業の正社員の働き方は、暫く前まで日本的経営の強さの源泉と考えられていました(経営者の中にはいまだにそう思っている人が少なくないのは困ったことです)。しかし、それはいわば「昭和の働き方」であり、今では持続不能になったと筆者は考えています。それが「昭和の働き方」である理由の第1は、専業主婦の存在を前提にした働き方だからです。「残業、転勤、何でもあり」というのは、専業主婦がいて家事を担い、子育てをしてくれるから可能だったのですが、今では共働き世帯が主流に変わりました。生産年齢人口が減る中では、高学歴化した女性に活躍してもらうことが是非必要なのですが、子育てをしながら長時間労働は無理です。最近は女性の労働参加率が高まっていることが強調されますが、その大部分は子育てを終えた主婦によるパートタイム労働者の増加によるもので、必ずしも「全ての女性が輝く時代」が実現しているわけではありません。

なお、近年の経済学では幸福度研究が1つの流行になっていますが、そこでは幸福度の日米比較を行うと、日本の既婚女性の幸福度は男性に比べて低く、特に働いている女性ほどその差は大きく、子供のいる女性の幸福度は際立って低いとの結果が得られるとのことです。これは、長時間労働の男性が育児に消極的な結果でしょう(注5)。同じく幸福度研究によれば、欧米では高齢者の幸福度が高い一方、日本はそうではないことが分かっています【図表3】。特に男性高齢者の幸福度が低く、配偶者と離死別した場合の幸福度が著しく低いことが知られています。これは、会社人間の男性は地域社会に根差していないため、退職後唯一の頼りである妻を失うと社会的に孤立してしまうためです。これらは正社員の働き方が不幸の源泉となっていることを示唆しています。

【図表3】年齢毎の主観的幸福感(米国との比較)
【図表3】年齢毎の主観的幸福感(米国との比較)
出典)内閣府『平成20年度版国民生活白書』

第2に、これは成長の時代の働き方でした。誰もが管理職になるという前提でジェネラリストとして養成する仕組みは、企業組織が成長しピラミッド型を維持し続けない限り、必ずポスト不足に陥ります。また、企業特殊的な人的資本=熟練の蓄積を背景とした傾きの急な賃金カーブでは、従業員の平均年齢が高まるにつれ人件費の急増を招きます。このため、日本経済の成長鈍化が明確化した1990年代後半以降、日本企業は正社員の外側に非正規雇用を拡大することでコスト削減を図ってきました。しかし、そのことが格差拡大や若者の雇用の不安定化など、様々な問題に繋がったことは周知のとおりでしょう(注6)。

第3に、それは企業の将来像が見えた時代の働き方でした。筆者が就職した40年前は定年が55歳と今より10年早かったうえ、多くの企業が10年先の自社の姿をイメージできた時代でした。しかし、グローバル化とデジタル化の結果、企業とそのビジネスモデルのライフサイクルが短期化し、企業の将来像は顕著に不透明化しています(もちろん、昭和の時代にも炭鉱や綿紡績業の衰退などがありましたが、それは20~30年かけて起こったことでした。近年の薄型テレビや太陽電池の没落スピードはこれらとは比較になりません)。今、日本経済を支える立役者が自動車産業であることは疑いを容れませんが、EV(電気自動車)と自動運転の時代となる10年先、日本メーカーが現在の地位を確保し続けられるかは全く明らかではありません(注7)。

半年ほど前には来春の新卒を確保するため、企業間で激しい人材の奪い合いが演じられました。しかし、この新卒社員が65歳まで働くなら、彼/彼女らは2060年頃まで企業に留まることになります。その頃、日本の人口は3割近く減り、AIの普及で雇用の現場は激変しているでしょう。企業の採用担当者がそれまで雇用を保証する自信を持っていたとは思えません。人事部も学生も「不都合な真実」に目を瞑ってはいるが、いったん採用が終われば、大幅な賃上げを容認(要求)する勇気は双方ともにない。だから、人手不足でも正社員の賃金は上がらないということではないでしょうか。

第4に、筆者は日本の正社員の働き方が新しいイノベーションに対応できないものものではないかと疑っています(注8)。確かに、長期雇用の従業員がOJTを通じて徐々に能力を蓄積していく日本の仕組みは、継続的なカイゼンには最適だったと思います。またハイテク時代になっても、半導体や液晶パネルなどのインハウスのR&D(社内に開発チームを作り、新製品が開発できれば生産ラインに落として量産していく)には十分対応できました。しかし、今は企業や国境の壁を越えてオープン・イノベーション(さらには社内の他部門に悪影響を及ぼす破壊的イノベーション)が進む時代です。企業内だけで役立つ人材を育ててきた日本企業はこれらにうまく対応できないため、AIにしてもFintechにしてもシェアリング・エコノミーにしても、立ち遅れが目立っているのではないでしょうか(注9)。

このほか、グローバル展開を本格化した企業からは、日本的雇用とそれを背景とした意思決定の遅さが海外部門との協働の支障となっているとの指摘を聞くことが少なくありません。中には、その問題を解決するために日本の組織をジョブ型に切り替えた事例もあるようです。

3.政府の「働き方改革」の限界

周知のように、安倍政権は昨年来「働き方改革」に熱心に取り組んでおり、早ければ次期通常国会で関連法案が成立する可能性もあります(注10)。これは、上にも述べた様々な問題への対応であり、その取り組み自体は高く評価されますが、「働き方改革の本丸は正社員改革」との認識が欠如している(あるいは財界、労働組合ともに嫌がって、この論点を避けている)ため、抜本的な問題解決にはならないように思います。例えば「同一労働・同一賃金」について、当初筆者はコーポレート・ガバナンス改革で行われたようなcomply or explain方式(ルールに従えないのであれば、その理由を説明せよ)をとり、賃金格差を説明するにはjob descriptionを提示させればよいと考えていました。しかし、実際にはそこまで踏み込むことは行われず、示されたガイドラインは曖昧(経験や能力などが同じかどうかの基準は示されず、企業が判断することになる)かつ法的拘束力のないものだったため、実効性は乏しいとの見方が一般的となっています。

一方、長時間労働の上限規制に関しては世論の後押しもあり、罰則つきの厳しいものとなりました。これが実施されれば、子育て中の女性が正社員として働くことを促すほどのものではないとしても、メンタルヘルスの確保(ひいては過労死の防止)には役立つと思います。ただし、規制は一律に長時間労働を制限するもので、いかに短時間労働で生産性を上げるかという視点は入っていません。結局、生産性向上は企業努力に委ねられた形ですから、これが成果を上げなければ人手不足を深刻化するだけになってしまう恐れがあります。

このほかの「働き方改革」としては、労働時間ではなく成果に対して賃金を払う脱時間給制度があり、これは研究職や専門性の高いホワイトカラーにとっては極めて自然な制度です。しかし、筆者が不思議に思うのは、何故これがjob descriptionの明記という方向に進まないかということです(ジェネラリストの管理職と違って彼/彼女らの職務を定義するのは簡単です)。逆に、職務の明記なしに脱時間給制度が実施されれば、悪質な上司の下では部下は次々と課題を与えられて長時間労働が慢性化する心配があります。

元々日本的雇用は法律や規制で定められたものではなく、民間の慣行によるものです。しかし、税・社会保障制度や教育など、多くの公的な制度が日本的雇用を前提に組み立てられてきたのが戦後日本の大きな特徴でした。ですから、日本の雇用を変えていくうえで政府が果たすべき役割はまず、こうした日本的雇用と補完的な制度を変えていくことにあるはずです(注11)。この点、昨年夏に女性の本格的な労働参加を制約している配偶者控除の見直しが提起された時、筆者は極めて重要な一歩だと考えました。しかし、専業主婦らの反発を恐れた政府・与党は簡単に腰砕けになってしまいました(注12)。また大学教育については、一部の研究大学を除き多くの大学が学生のemployability(雇用されるにふさわしい能力)を高める方向の教育改革が求められていました。しかし、今議論されているのは単なる選挙目当ての大学無償化であり、教育の中身は問われていません。これでは、定員割れ大学の救済策に終わってしまうでしょう(注13)。

4.「働き方改革」の主役は企業だ

「働き方改革」に関する筆者の持論は「ジョブ型雇用をデフォルトに」というものです(これは筆者だけの意見ではなく、多くの識者のコンセンサスだと考えています(注14))。ここで「デフォルト」という言葉を使っているのは、従来の正社員の外側にジョブ型の「限定正社員」を導入するのではなく、ジョブ型が普通の働き方になるという意味です。そうなれば「貴方の仕事は何ですか」と尋ねられた時、「○○社の社員です」と答えるのではなく、諸外国のように「私はエンジニアです」、「私は会計の仕事をしています」と答えるようになるでしょう(その背後には、先に述べたような構造変化により企業特殊的な人的資本の重要性は低下している、ないし簡単に陳腐化してしまうリスクの高い資産になっているという認識があります)。

また、これまで日本企業では「残業、転勤、何でもあり」で無制限に働ける人だけが一級社員で、それ以外は全て二級社員として扱われていました。これは非正規雇用だけの問題ではありません。例えば職種上は正社員であっても、出産や子育てで育休を取り、短時間勤務を経験した女性はマミー・トラックなどと呼ばれて二級社員扱いされていないでしょうか。多くの男性は他人事だと思うかもしれませんが、あと数年で団塊世代が後期高齢者になります。多数の幹部職員に突然介護負担が襲ってくる時期は、そう遠い先ではないのです。また、極めて優秀な社員であっても60歳を超えて再雇用になれば、途端に二級社員扱いが普通です。これらは大変に無駄なことであり、かつ公正さを欠く扱いだと思います。

こうした時代の要請に応じて「働き方改革」を進めていく主役は、言うまでもなく企業です。ここでまず必要とされるのは、職員一人ひとりの能力と制約に応じて職務の高さと幅を設計し、報酬を決めることです(注16)。先の例で言えば、子育て期にある優秀な女性ならば、職務のレベルとしては高度のものを要求しつつ、その幅は多少狭めるということになるでしょう。その間の賃金は下がりますが、子育てが終われば職務の幅を広げ賃金も上がります(いつまでもマミー・トラックということはありません)。介護負担を抱えた幹部職員も、基本的には同じだと思いますが、管理職よりも専門能力を活かす職務の方がいいですし、リモートワークを活用できるとより良いでしょう。

このようなことを言うと、人事部の人たちからは「そんな事は無理だ」と猛反発を喰らいそうです。しかし海外では、こうした職務の設計(job design)が人事の仕事の中核を成しているのです(注15)。いずれ避けられない変化なら、率先して実行する者の勝ちです。しかも、目標管理制度を採り入れている企業ならば、個々人のルーティンに課題・目標を加味していくことで職務設計が可能になると思います。従来の日本企業では、部署が変わると個人の目標は全てご破算になって出直しでしたが、職務が連続するようになれば、これこそがジョブ型雇用です(海外では、むしろ従来の固定された狭い職務に個人をはめ込んでいくような運用を弾力化する方向が主流のようです)(注17)。

それでも、従来比較的同質な学生を新卒一括採用したうえで彼/彼女らをマスとして管理し、「Aさんの後任はB君」という人事を決めることを仕事だと考えていた人々は「大変な難題を抱え込んだ」と思うでしょう。しかし、ジョブ型雇用になれば下位職階の職務設計や人事は現場の管理職に任されるのが普通です。コーポレート部門としての人事の役割は、会社全体の人的資源を把握して必要な人材を採用し、足りない能力をOJTやOff-JT(注18)で強化していくことが中心になると考えています。しかも、紙ベースの人事では不可能だったことが、今は人事情報のデータベース化により遥かに容易になりつつあります(注19)。こうして従来の人事部(personnel department)は人財部(human resource management)に変わって行くでしょう。こうした変化が完遂された暁には日本的雇用だけではなく、日本の企業自体が変わっているはずです。それが「働き方改革」こそ最重要の構造改革であり、成長戦略だと言われる所以なのです。

注釈

(注1)この点に関しては、2015年の夏にFRIサイト内のオピニオン欄に書いた今こそ「日本的雇用」を変えよう(1)~(4)を参照して下さい。

(注2)論理的に言えば、これは(1)→(2)→(3)の関係です。出発点は(1)job descriptionの欠如にあり、だからこそ(2)無制限の人事権が可能になるのです。(3)解雇権の制約は、元々「どんな働き方でもいいと言っている者を無闇に解雇するのは許されない」という、極めて常識的な裁判所の判例が積み重なってできたものです。

(注3)濱口桂一郎氏:労働政策研究・研修機構労働政策研究所長

(注4)この点は、『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』:書評と考察でも採り上げて議論しています。

(注5)この点は、大湾秀雄[2017]:『日本の人事を科学する』(日本経済新聞出版社)を参照して下さい。

(注6) この出発点が1995年に日経連(現:経団連)が示した「新時代の『日本的経営』」という提言にあることは、前掲今こそ「日本的雇用」を変えよう(2)で論じました。
こうした変化で最も不運だったのは、90年代末に就職「超氷河期」に直面した団塊ジュニア世代でした。低賃金・不安定雇用の下で彼/彼女らが結婚・出産をためらったことが期待されていた「第3次ベビーブーム」を不発に終わらせ、日本の人口減少の流れを決定的にしたことは、山崎史郎[2017]:『人口減少と社会保障』(中公新書)の中で説得的に描かれています。

(注7)たまたま筆者がこの原稿を書いている最中(10月16日週)に、代表的な週刊経済誌のうち2誌が同時にEVの問題を特集記事にしたことが大変に印象的でした。このうち1誌はEVの普及を「日本経済の試練」として論じていました。

(注8)以下の論点については、物価はなぜ上がらないのか(2):「日本的企業」とデフレマインドで、やや詳しく採り上げています。

(注9)これは多分、シェアリング・エコノミーを例に取ると一番分かりやすいと思います。UberにしてもAirbnbにしても、技術的にはさほどのものではありません。むしろ多くの参加者を自社のプラットフォームに呼び込むことで初めて成り立つビジネスです。雇用面の制約等から自前主義の強い日本企業は、彼らの身軽さを持ち合わせない点が最大のネックになっているのだと考えています。

(注10)当初は「今秋の臨時国会で」と言われていましたが、突然の解散でそのシナリオは潰え去ってしまいました。

(注11)この点は、前掲今こそ「日本的雇用」を変えよう(4)でやや詳しく議論しています。

(注12)実際に行われた見直しは配偶者控除の廃止ではなく、むしろ対象拡大でした。これは短期的にはパート主婦の労働時間延長を通じて労働供給の増加に繋がりますが、長い眼で見れば配偶者控除の恩恵に浴する人数を増やし、将来の廃止を困難にするものです。

(注13)教育の効果について経済学には「人的資本理論」と「シグナリング理論」という2つの考え方があります。前者は教育によって学生の能力(人的資本)が高まると考える一方、後者では教育自体に効果はなく、学歴が学生の生来の能力のシグナルとしての役割を果たすだけだと考えます。日本企業の新卒採用は「地頭」重視と称して、出身大学の偏差値は考慮するが大学で学んだ内容は殆ど無視する(運動部キャプテンなどの評価は高い)ので、シグナリング理論の方が実情に近いと言えるでしょう。その場合、大学教育の中身の改革なしに進学率が上がっても、日本経済の生産性向上には繋がりません。
もちろん、優秀な若者が家庭の経済的事情で進学できないのは、本人の不幸、社会にとっても損失です。しかしその場合は、大学無償化ではなく学力条件付きの給付型奨学金制度(学費だけでなく生活費も補助できる)を拡充するのが最も有効なはずです。

(注14)例えば小峰隆夫[2017]:『日本経済論講義』(日経BP社)、鶴光太郎[2016]:『人材覚醒経済』(日本経済新聞出版社)などをご覧下さい。

(注15)米国の人事経済学の代表的な教科書であるエドワード・ラジアー、マイケル・ギブス[2017]:『人事と組織の経済学:実践編』(日本経済新聞出版社)では、職務設計が中心的なコンセプトとなっており、そのために全15章のうち丸々2章が割かれています。

(注16)先頃ノーベル文学賞受賞が決まった日本生まれの英国作家カズオイシグロの小説『日の名残り』(ハヤカワepi文庫)を読むと、「職務計画」を作ることが執事の重要な仕事だったことが分かります。しかも、執事は召使の一人ひとりに職務を記した紙を渡していたようです。

(注17)もちろん、全ての職員がジョブ型というのは無理です。経営トップ層は当然ジェネラリストですし、欧米企業でもfast trackと呼ばれるエリート層は短期間で職務を変えて行きます。しかし、彼/彼女らはあくまで例外に過ぎません。
もう一つ日本の場合、大学を卒業しても直ちに職業に役立つ教育を受けていませんから、新卒を直ちに職務に当てはめることは難しいでしょう。教育改革が行われるまでの間、新卒はまず一種のインターンとしていくつかの職務を経験し、その中から自らに合った職務を探していくというのが常識的だと思います。

(注18)そのためのビジネス系大学院やオンライン公開講座(MOOC)などは、ここ10年余りで大いに発達しています。

(注19)先に紹介した大湾教授の『日本の人事を科学する』という書物は、こうした人事情報のデータベース化とその科学的活用の重要性を訴えることを目的に書かれたものでした。

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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