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円安vs原油安の経済学:鍵は「交易条件」

2014年12月16日(火曜日)

長期低迷の主犯は交易条件の悪化?

私たちはここ暫く、日本経済の長期低迷を招いた諸悪の根源は円高とデフレだと教え込まれてきた。実際、安倍政権が過去2年間行ってきた経済政策=アベノミクスの内実は、円安を梃子に物価の押し上げを目指すものだった。その結果、一時は1ドル=70円台だった超円高から120円を上回るまでの急激な円安が進み、消費者物価も過去1年半近く(消費増税の影響を除いても)前年比プラスで推移している。しかし、物価さえ上がれば日本経済が復活するのかと言えば、答えは2期連続のマイナス成長が示すとおりだ。景気判断DIの水準がアベノミクス前に逆戻りした11月の景気ウォッチャー調査の総括判断には、「景気は、このところ回復に弱さがみられる。先行きについては、物価上昇への懸念等がみられる」と書かれていた。

これに対し、アベノミクス等が前提とする「デフレ」の診断自体が誤りだとの主張を近年積極的に展開してこられたのが、一橋大学の斉藤誠教授である。同教授の考えは、日本経済新聞の「経済教室」欄に最近掲載された論稿(12月9日付、「アベノミクス2年(上):『デフレ』の診断・処方箋誤る」)に集約されているが、日本経済の長期低迷をもたらした主因は、資源価格の上昇(=輸入物価の上昇)と輸出産業の競争力の衰え(=輸出物価の下落)による交易条件(=輸出物価/輸入物価)の悪化だというものである(*1)。この点は、国民所得統計にも「交易利得(2005年基準)」として計上されており(【図1】)、「15年デフレ」の始点とされる97年4Qと足もと14年3Qとを比較すると、33兆円あまりの交易損失、すなわち交易条件の悪化による実質所得の海外への流出が生じていることが分かる(*2)(ちなみに、アベノミクスがスタートした12年4Qからでも、7兆円近い所得流出である)。

【図1】交易利得の推移(兆円)
【図1】交易利得の推移(兆円)

実は、来年の日本経済を考える上で最大の論点は、急速に進む円安と原油安の影響をどう評価するかであるが、その鍵となるのがまさに交易条件である。そこで以下では、この交易条件という概念を手掛かりに、今後の日本経済の行方を考えてみよう。

景況感の二極化を招いた円安

円安が日本経済にとってプラスなのかマイナスなのか、様々な議論がなされているが、メリットもデメリットも多数あって、一義的な結論を出すのは容易ではない。しかし、円安の勝者と敗者ははっきりしており、ネットの効果より分配効果の方がずっと大きいことは確かだ。大企業部門にとっては、輸出数量は伸びなくても、輸出採算が好転するだけでなく、海外事業の収益の円評価も大きくなる。この結果、輸出産業以外であっても、海外事業を積極的に展開するグローバル企業の収益は潤う。その一方で、家計や非製造業、中小企業、地方など(つまり、国民の大部分)は、物価・原材料高に苦しむこととなる。大企業の輸出数量の増加(=雇用増や中小企業への発注増に繋がる)や設備投資の増加ないし賃金引き上げといったトリクル・ダウンが不十分であれば、後者が不満を持つのは当然である。

例えば、家計部門については、円安に伴う物価高と企業収益改善による賃金上昇を比較する必要があるが、交易条件という概念を使って、

実質賃金=労働生産性×労働分配率×交易条件(*3)

と書き直してみると、円安がほぼ確実に実質賃金の低下をもたらすことが分かる。円安は交易条件を悪化させるうえ、賃金は企業収益とパラレルには増えないため、少なくとも短期的には労働分配率も低下するからだ。実際、厚生労働省の「毎月勤労統計」によって名目賃金(現金給与総額)と実質賃金の動きを見ると(【図2】)、消費増税に先立って昨年後半から実質賃金がはっきりと低下していたことが確認できる。しかも、家計、非製造業、中小企業、地方には、消費増税の負担が大きく圧し掛かる点にも注意すべきだ。円安と増税のコストが同一部門に重なったことで、これら部門の円安と消費税に対する反感を増幅する結果となったと捉えることができよう。

【図2】賃金上昇率(前年比、%)
【図2】賃金上昇率(前年比、%)

加えて、円安のメリットの中には、本当にメリットと言って良いのか、疑問を感じるものも少なくない。例えば、円安に伴う株高だが、一昨年秋から昨年春までの株高は、確かに日本企業への評価が前向きに変わった結果の正真正銘の株高だった。しかし、この秋以降の株高は、専ら円の価値が下がった結果であり、ドル建てで見た株価はほとんど上がっていない。要は、「円という物差し」が縮んだだけではないか。また、外国人旅行者の増加も、それ自体は大いに歓迎すべきだ(日本は、これまでモノづくりばかりに執着して、観光をあまりにも軽視し過ぎていたと思う)。しかし、日本の1人当たりGDP(ドル・ベース)の世界ランキングは、円安によって英仏独などに軒並み抜かれ、一昨年の15位から昨年は24位に後退してしまった(今年はもっと下がっているだろう)。多くの外国人観光客が訪れるのも、日本人が相対的に貧しくなってしまった結果だと考えると、単純に喜べないのは筆者ばかりではあるまい。

原油安で景気回復の裾野が拡がる

しかし、4月以降の景気の弱さは、消費増税前の大規模な駆け込み需要の結果、その反動も大きかったということに、在庫調整や天候不順が加わった結果であった。あるいは、潜在成長率の低い経済に負のショックが加われば、元に戻るまでに時間が掛かるのは当然と見ることもできる。実際、8月まで半年弱の時間は要したが、9月以降の経済指標は個人消費、住宅投資、鉱工業生産などいずれも改善傾向を示しており、景気は再浮上しつつある。

こうした中で急激な原油安が進んでいるわけだが、その影響は円安とは全く異なる。まず、日本の鉱物性燃料の輸入額は年間28兆円にも上る。したがって、エネルギー輸入価格が1割下がれば、消費税率にして1%以上の所得が海外から返って来るのだ。すでに原油価格はピークから3割以上下がっているため、この春の消費増税3%分以上が戻って来ることになる。もちろん、LNGなどは長期契約による調達が多いため、それだけのメリットが短期間に発現するわけではないが、その影響の大きさは理解できよう。なお、増税はあくまで国内での所得移転であるため、現代経済学では、予め増税を予想するような合理的な消費者(Ricardian consumer)には影響を与えないと考える。一方、原油価格は海外からの所得移転であるため、合理的な消費者の行動にも影響する筈である。

しかも、原油価格の交易条件に与える影響は為替レートよりずっと大きい(*4)。このため、今後円安がさらに急速に進まない限り、原油安に伴う交易条件改善効果が凌駕することになる。上記分解式に従えば、原油安によって実質賃金は上昇するから、それは個人消費の回復を促すだろう。また、個人消費の回復と燃料価格の低下は、非製造業、中小企業、地方での収益改善、景況感改善を促すことになる(*5)。結果として、好況感の裾野が大きく拡がる点がこれまでとの相違である。足もとで実体経済の回復が始まっているうえ、原油価格の急落がGDPデフレータを押し上げるため、10~12月の名目GDP成長率はかなりの高さになるのではないか。

ただし、ここで注意すべきは、今後、景気回復の裾野が拡がって行くとしても、それは必ずしもアベノミクスの成功を意味するものではないという点である。むしろ日銀の追加金融緩和に伴う急激な円安の進行にもかかわらず、原油価格の急落がそれを補って余りある交易条件の改善をもたらす結果だ。消費者物価の前年比上昇率(消費税の影響を除く)は、10月に+0.9%と1%を割れた。今後も、当面は原油価格下落の物価押し下げ効果が円安の物価押し上げ効果を上回るため、物価上昇率は来年1~3月には+0.5~0.6%まで低下する可能性があると見られている。日銀が掲げた「2年で2%」のインフレ目標達成はますます絶望的となるが、ちょうどその頃、景況感の改善が徐々に広がって行くだろう。

注釈

(*1) : ただし、上記の論稿は、紙数不足の憾みを免れない。興味ある読者は、この問題に比較的多くのページを費やした斉藤教授の近著『父が息子に語るマクロ経済学』(勁草書房、2014年)を参照されたい(書名に騙されてはいけない。プロにも十分読み応えのある好著だ)。なお、一橋大学の深尾京司、川口大司両教授も同様の見解を示しており、筆者は個人的に「長期低迷に関する一橋view」と呼んでいる。
本稿では主に為替レートと原油価格の交易条件への影響を考えるが、一橋viewのもう1つの柱は、電機を中心とする輸出産業の競争力劣化にある。この点に関しては、「通常の意味でTFPが上昇しても、交易条件が悪化すれば経済成長(=付加価値の増加)に貢献しない」ことを指摘した、同じく一橋大学の塩路悦朗教授の研究(「生産性要因、需要要因と日本の産業間労働配分」、『労働経済雑誌』2013年12月)が極めて興味深い(交易条件悪化の理由については、塩路論文の「需要の飽和」を「対外競争力の低下」と読み替えればよい)。

(*2) : これは実質GDPの6%分以上に当たり、斉藤教授が前掲書で指摘しているように、2度にわたってオイル・ショックを経験した1970年代の交易損失さえ上回る。そう考えれば、交易条件の悪化が消費者物価指数の下落ではなく、生活水準の低下という意味での人々の「デフレ感」の原因となっていたとしても、決して不思議ではない。

(*3) : 正確には、実質賃金=名目賃金/消費者物価=(実質GDP/雇用者数)・(名目賃金×雇用者数/名目GDP)・(GDPデフレータ/消費者物価)である。したがって、ここでの「交易条件」はGDPデフレータ/消費者物価を意味している。
GDPデフレータ=国内価格+輸出価格-輸入価格である一方、消費者物価=国内価格+輸入価格のため、輸出入価格の動きは、GDPデフレータと消費者物価に異なった影響を与える。例えば、原油安は消費者物価を押し下げる一方、GDPデフレータを押し上げるという形で、交易条件改善が(GDPデフレータ/消費者物価)の上昇に反映される。

(*4) : 円安で交易条件が悪化するのは、輸入価格の上昇幅が輸出価格の上昇幅を少し上回るためだ。一方、原油安は輸出価格には影響を与えず、輸入価格だけが下がるため、その効果は遥かに大きい。

(*5) :家計は、上記分解式により確実に実質所得が増加する。例えば、これから真冬を迎える北海道などでは、灯油価格下落の恩恵は極めて大きいだろう。ただ、中小企業などの場合、取り扱う財・サービスによっては、エネルギー価格下落の恩恵より円安に伴うその他原材料価格上昇の悪影響が上回ってしまうケースがあり得る。

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【調査・研究】


早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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