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異次元緩和「勝ち逃げ」のすすめ:詳説(下)

2014年11月6日(木曜日)

QQEの誤算

しかし、時が経つにつれQQEの限界、ないし誤算も徐々に明らかになってきた。最大の誤算は、デフレが終わっても、日本経済の強さは戻って来ないことだろう。大胆な金融緩和を主唱した「リフレ派」によれば、日本経済の長期低迷の原因はデフレであった。曰く、(1)物価下落予想で個人消費が先送りされている、(2)デフレによる実質金利の上昇で設備投資が抑制される、(3)デフレ下の円高で輸出が伸びない。これらの主張が正しければ、今やデフレは終わり、実質金利はマイナス、大幅な円安なのだから、消費も投資の輸出も伸びて日本経済は大変な好況を謳歌している筈だ。しかし、残念ながらそうした事実はない。確かに、昨年度の実質成長率は+2.3%と一見まずまずだったが、公共事業増加の寄与(+0.7%)と消費税率引き上げ前の駆け込み需要の影響(+0.6~0.8%)を除くと、実力は1%未満だったと見られる。今年度に至っては、駆け込み消費の反動もあって、民間コンセンサスによれば+0.3%程度の低成長である(日銀の見通しも10月末に公表された「展望レポート」で従来の+1.0%から+0.5%まで引き下げられた)(*1)

もう1つの誤算は、僅かな景気回復でたちまち人手不足に直面したことだろう。失業率は3.5%まで低下したが、景気循環によらない「構造失業率」が3%台半ばなので、ほぼ完全雇用が達成されたことになる。それ自体は喜ぶべきことだが、こんなに簡単に完全雇用が実現したのは、日本経済の成長天井=潜在成長率が低下したためだと考えざるを得ない。実際、日銀の推計による潜在成長率は、公式見解でも「0%台前半ないし半ば」(従来の表現は「0%台半ば」)まで低下している(*2)

さらに言えば、物価上昇の実現にしても、QQEでインフレ期待が高まったためという説明より、潜在成長率が下がったところに公共事業で景気を噴かしたことで、需給ギャップが無くなった結果という説明の方がずっと説得的なのではないか。また、デフレ脱却で景気が良くなり、賃金も上がって「好循環」というストーリーも現実的とは言えない。賃金上昇は僅かに止まり、消費増税の影響まで含めると実質賃金は大きく目減りしている。それでも、生産性が上がらないので、物価はやっぱり上がるというのが実態なのだ。「悪循環」ではないにしても「残念な循環」と言うべきだろう。もちろん、低成長の現実は、政府に成長戦略の強化を求めるものであっても、日銀が責任を負うものではない。だが、「デフレさえ終われば、日本経済の未来は明るい」と聞かされてきた国民からすれば、「自分たちが求めていたデフレ脱却とはこんなものだったのか」と聞きたくもなるだろう。

深追いは禁物

この上、2%の目標達成を急ぐことにどんなメリットがあるのか。すでに成長天井に突き当たっている以上、1%インフレを2%にしても成長率が高まるわけではない。インフレ率を上げる一番の近道は円安だ。先般の追加緩和も、足もとでの物価の下振れにより「デフレマインドの転換が遅延するリスク」に備えたものとされるが、実際に物価押し上げに働くルートはやはり円安だろう。しかし、完全雇用が実現した状態での円安は必ずしもマクロ経済にとってプラスとは言い切れない。また、輸出が伸びず、賃上げが物価上昇に追いつかない現状、これ以上の円安に対しては国民の不満が高まっていることも無視できまい(*3)

反対に、財政健全化も潜在成長率の底上げも実現しないままに、2%インフレだけが達成され、日銀の国債大量買入れがストップするならば、そのリスクは極めて大きい。周知のように、政府は財政収支に関して「2020年度にプライマリー・バランスの黒字化」という目標を掲げているが、驚くことに政府自身の試算でもその目標は達成できない(2020年度に11兆円の赤字)というのだ。しかも、その前提は来年10月から消費税率を10%にするばかりでなく、実質2%台、名目3%台の高成長が続くという超楽観的なものである。0%台前半の現実の潜在成長率を基に再計算すれば、財政赤字の見通しはさらに大きく拡大することは間違いない(*4)。そうした環境でQQEが終了すれば、長期金利急騰の引き鉄となる恐れがある。

だから、「2年で2%」を約束した日銀の面子を別にすれば、深追いは禁物なのだ。「デフレ脱却は実現した」と勝利宣言をして、ゆっくりと手仕舞い(=国債購入の減額、tapering)を始めるべきではないか、というのが筆者の「勝ち逃げ」のすすめだった。ところが、日銀は今回、原油価格の大幅下落という本来日本経済に恩恵をもたらす材料に対し、物価の下振れリスクばかりを過度に意識して、掛け金を大きく積み増してしまった。これは、目先の数字に囚われた結果、得るところ少なくリスクのみ多い深追いを選択してしまったのではないかと思う。

「出口」のコスト:国民負担の問題

それはともかく、これまでの説明では「2%目標の達成を急ぐ必要はない」とまでは言えても、「taperingを始めた方がいい」ことの論拠としては不十分だろう。そのためには、QQEのコストとリスクについて語る必要がある。そして、それは主にQQE終了の「出口」で表れて来る。

専門家の間では広く知られた事実であるが、QQEのように長期債を大量に購入する型の非伝統的金融緩和では、中央銀行がその「出口」において巨額の損失を蒙ることになる。これは、(1)長期債の購入時には、長期金利を押し下げ、高価格で購入する一方、(2)「出口」においては長期金利が上昇し、売却価格は下落するのだから、当然と言えば当然である。その結果、中央銀行の収益が大幅に悪化すれば、国庫納付金が減少するばかりか、自己資本が大きく既存する場合には、政府からの資本注入を仰ぐ必要があるかも知れない。いずれにしても、これは最終的には国民負担となる(*5)

もちろん、近年は金融機関が中央銀行に預ける預金に金利が付されるようになったため、この金利を上げれば、長期債を大量売却しなくても、金利の正常化は可能となっている(*6)。ただ、その場合は、売却損は発生しないものの、低金利で購入した長期債を抱えたまま、金融機関に金利を払うことになるため、その差額だけ中央銀行が経常的な損失を蒙ることとなる。つまり、長期債の購入を続ければ続けるほど、この「出口」での国民負担が大きくなるため、それを最小限に抑えるには早めのtaperingが望ましいのである。

問題は、日銀がこの点について明言を避けていることだ。確かに、QQE導入直後であれば、期待への働き掛けを強めるため、「『出口』を論ずるのは早過ぎる」と不利な材料を隠して、ポーカー・フェイスを決め込むことも許されたかもしれない。しかし、「出口」のコストについては、これまでに幾つかの試算が示されており、いずれも損失が巨額に達することを示唆している(*7)。すでにデフレ脱却は実現した以上、日銀も自らの試算を公に示すべきだろう(*8)。早過ぎるtaperingがインフレ期待の定着を損なうリスクがあるのも事実だが、QQEを継続することのコストをはっきり示さない限り、何時taperingを始めるべきか、正しい議論ができないのは明らかだ。

「出口」のリスク:金利のオーバーシュート

もう1つ、専門家の間でもあまり議論されていない問題は、「出口」において金利がオーバーシュートする可能性である。2%インフレが達成された後、現行スキーム通りに、まずその定着を確認し、それからtaperingを開始、さらにその後に利上げを始めるとなると、その間かなり長期に亘って2%以上の実質マイナス金利が続くことになる。常識的に考えれば、インフレ率が2%に上がって行く局面は景気もいい筈だから、そこでの大幅な実質マイナス金利は、少なくとも一時的にインフレ率が2%を越えてオーバーシュートすることに繋がろう(インフレ率の代わりに、不動産や株式などの資産価格がオーバーシュートする可能性もある)。オーバーシュートしたインフレ率を目標の2%に戻すには、短期金利をいったんかなり高い水準まで誘導することが必要となる。

ゼロ金利制約を考慮した場合の望ましい金融政策ルールは、利上げのタイミングを遅めにすることを求めているから、若干の物価のオーバーシュートはやむを得ないが、現行のQQEのコミットメントを機械的に適用すると、オーバーシュートはかなりの大きさに達する可能性がある(*9)。そして、公債残高が名目GDPの2倍にも及ぶ日本では、短期金利のオーバーシュートは長期金利の急騰を招く危険が大き過ぎるというのが筆者の見解である。長期金利が急騰すれば、長期債を大量の保有する地域金融機関のバランスシートが大きく毀損されるだけでなく、利払い費の急増で財政赤字も大幅に拡大するからだ(そのことが、さらなる国債金利上昇に繋がるかもしれない)(*10)

「勝ち逃げ」のすすめ

そのようなリスクを冒すより、現行QQEのスキームを「2%のインフレ目標は時間を掛けて実現することとし、その間極めて低い金利水準を長期間に亘って維持する」というforward guidanceに置き換える方が望ましいのではないか、というのが筆者の唱える「勝ち逃げ」論である。要は、サプライズを生み出すためにQQEに付加した要素を取り除いて、インフレ目標+金利政策というオーソドックスな政策に戻そうということだ(*11)。ここで重要なポイントは、デフレ状態ではゼロ金利にコミットしてもほとんど効果は期待できない(だからサプライズを生むトリックが求められる)が、デフレ脱却が実現した暁には、長期に亘る低金利へのコミットが実質マイナス金利の継続として十分な金融緩和効果を持つ点にある。なお、政府にはここで生じる「猶予期間」を活かして、財政健全化と潜在成長力の強化に努めることが求められる(*12)

この案の最大の問題は、言うまでもなく、昨年4月に大見得を切ったQQEのコミットメントを覆さざるを得ない点にある。将来の政策の有効性を確保する上では、中央銀行への信認の維持が極めて重要であり、こうした約束の変更がもたらすコストの大きさは改めて強調するまでもあるまい。だが、本稿前半で詳しく見たように、QQEは日本経済が「デフレ均衡」の罠から抜け出すためにどうしても必要な賭けだったのだ。そのための1回限りの嘘ならば、日本国民はきっと大目に見てくれるに違いないと筆者は信じている(*13)

注釈

(*1) : もっとも、4月に消費税率が変わるときに年度で数値を見るのは適当でない。そこで駆け込み・反動の影響を受け難い暦年で見ると、実質GDP成長率は12年+1.5%→13年+1.5%→14年+0.9%→15年+0.8%となる(14、15年はIMF見通し)。
野田政権下の12年と安倍政権下の13年の成長率が同じなのも驚きだが(12年は前年の大震災の反動で押し上げられている)、13年の成長に公共事業が+0.5%寄与していたことを考えると、14年はさほどの大きな減速ではない。また、後述のように潜在成長率が0%近くまで下がっていることを踏まえれば、14~15年の1%弱の成長は「御の字」と言える。

(*2) : この点、極めて印象的だったのは、4~6月の大幅なマイナス成長の中でも、労働需給に緩みが見られなかったことだ。人手不足に備えて企業が雇用を抱え込んだ(labor hoarding)面はあったとしても、生産性が著しく下がっていない限りあり得ない現象である。

(*3) : 円安がマクロ経済にとってプラスかマイナスかは、微妙な問題である。以前は、円安は交易条件の悪化に繋がるが、(1)輸出金額の方が輸入金額よりも大きく、(2)円安は輸出数量の増加に繋がるため、「短期的には(不完全雇用下では)プラスが大きい」というのが一般的な評価であった。しかし、最近は輸入金額の方が輸出金額より大きくなり、円安が輸出数量の増加に繋がりにくくなった一方、企業活動のグローバル化により、円安で海外収益の円評価が増え、株価上昇に繋がるルートが重要になっている。
ただ、一昨年の円安が大歓迎され、足もとでは円安の評判が悪いのは、経済的なロジックと言うより、一般国民のバランス感覚のなせる業ではないか。1ドル=70円台では輸出企業の経営が厳しく、さらなるリストラなどが心配された一方、現状は、輸出企業の業績が大幅に改善した反面、家計は物価高で実質賃金の低下に直面しているからだろう。

(*4) : 政府の試算は、『中長期の経済財政に関する試算』(本年7月の経済財政諮問会議への内閣府提出資料)。ここでは、アベノミクスが成功する「経済再生ケース」が基本とされているが、より慎重な見通しとして「参考ケース」も試算されており、その場合の2020年度のプライマリー・バランスは16兆円超の赤字となる。ただ、「参考ケース」も実質1%台の成長を前提としており、実際にはかなり楽観的なものである。

(*5) :日銀の場合、2001~2006年の「量的緩和」においても、白川総裁時代の「包括緩和」においても、購入した国債は比較的残存期間の短いものが中心であった。そのため、効果が少ないと批判される面はあったが、その背後には「選挙民から直接選ばれてはいない中央銀行が国民に巨額負担を強いるような政策を行うことが許されるのか」というシリアスな問いが常にあったと考えられる。今回のQQEではその則を超えたことになるが、安倍首相が全面的にサポートしていることで、少しは日銀の肩の荷が軽くなったのかもしれない。

(*6) : FRBは先月のFOMCでQE3による長期債買い増しを終了することを決定した。来年には利上げが予想されているが、それは主に超過準備への付利を引き上げる方法で行われると考えられている。

(*7) : 具体的には、まず昨年4月にIMFから試算が公表された(IMF, “Unconventional Monetary Policies‐Recent Experience and Prospects ; Background Paper”, April 2013)。ここでは日米英について、長期金利が上昇した場合に中央銀行が蒙る評価損を計算しており、日本の場合、標準的なケースで名目GDP対比3~4%の損失が発生するとしている。
もっとも、日本銀行の会計処理では、評価損が明示的に計上されることはない。また、「出口」において国債の大量売却も行わないなら、売却損も発生しない。結果的に生じるのは、先に述べた経常的な損失であり、岩田一政・日本経済研究センター(編)『量的・質的金融緩和』(2014年、日本経済新聞出版社)では、その試算を行っている。
なおFRBは、公式見解ではないが、スタッフ論文の形で評価損、経常損の試算が公表している(Seth B. Carpenter et al, “The Federal Reserve’s Balance Sheet and Earnings : A primer and projections”, FEDS Working Paper #2013-1)。

(*8) : なお、この関連では今年の日銀国際コンファレンスに提出されたグッドフレンドの議論(Mervin Goodfriend, “Monetary Policy as a Carry Trade”, Monetary and Economic Studies, 2014 forthcoming)が興味深い。同論文では、準備預金で長期債を購入する量的緩和をキャリー・トレードに例え、(1)ゼロ金利の調達で長期債を保有する初期はキャリー益が発生する一方、(2)準備預金への付利が上昇する「出口」では、キャリー損が発生するとした。
この点、比較的高い金利で長期債(MBSを含む)を購入し、2008年のQE1開始から来年以降の利上げまでの間に多額のキャリー益を得るFRBの場合、全体としては利益が上回る可能性もある。しかし、日本銀行の場合、購入した長期国債の利回りが非常に低いため、通期でも大幅な損失となる可能性が高い。

(*9) : この点を米国の場合と比較してみよう。9月のFOMCの際に公表されたFRBの経済予測によれば、米国経済が「2%インフレ+自然失業率(FRBの見解では5%台前半)」に達するのは、2016年中である。しかし、FRBはそれよりかなり前の本年初にtaperingを始め、来年には利上げが見込まれるなど、望ましい状態に向けて徐々に金利を正常化して行くスタイルである(それでも、Taylor ruleとの比較ではかなり慎重な正常化だ)。
これに対し、日本ではすでに完全雇用は達成されているから、2%インフレが実現する時点の実体経済はかなりの過熱状態となっている筈だ。その時点でtaperingさえ始めていないとすれば、米国とは比較にならないほど極端な金融緩和を想定していることになり、物価、金利がオーバーシュートするリスクは高い。

(*10) : この関連では、「国債残高/名目GDP比率が上がらなければ、財政の持続可能性は問題ない」という意見を聞くことが少なくない(なお、プライマリー・バランスがゼロの時、この比率が上がるか下がるかは長期金利と名目成長率の大小で決まる)。しかし、この議論は、日本ではプライマリー・バランス自体が大幅な赤字であり、その黒字化は容易でないという事実を軽視している上、利払い費の増加でフローの財政赤字が大幅に増えても、国債残高/名目GDPというストックの比率が上がらない限り、長期金利に影響しないことを前提にしている。しかし、そうであれば、そもそも米国のQEや日本のQQEが長期金利を大きく押し下げることはできなかった筈だ。また、今すぐtaperingを始めても、長期金利が上昇する心配は全くないことになろう。

(*11) : もちろん、他の条件(例えば、過度の金利のオーバーシュートを避ける)をも考慮して、毎期厳格なインフレ目標の達成を求めないflexible inflation targetingである。

(*12) : したがって、「勝ち逃げ」論は従来から筆者が主張していた「アベノミクスの組み換え」論(本年6月の本欄)のうち、金融政策部分をより明確に述べたものに他ならない。

(*13) : しかし、今回追加緩和を行ったことで、「1回限りの嘘」と言い切れなくなってしまうのが心配である。

シリーズ

異次元緩和「勝ち逃げ」のすすめ:詳説(上)

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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