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人手不足時代の到来(上) ~その背景とマクロ的帰結~

2014年8月18日(月曜日)

はじめに

人手不足時代がやって来た。6月の有効求人倍率は1.10と1992年6月以来22年振りの高さに達し、失業率は労働参加意欲の高まりなどから3.7%へと小幅に上昇したものの、5月の3.5%は1997年12月以来の低水準だった(【図1】)。労働需給のミスマッチなど需要不足以外の要因による失業率=「構造失業率」が3%台半ばと推計されていることを踏まえると、ほぼ完全雇用が達成されたことになる。しかも、注目すべきは、4~6月は消費税率引き上げ前の駆け込み需要の反動を主因に、実質GDPの成長率は年率-7%超の落ち込みであったという点である。これだけの大幅なマイナス成長の中でも、労働需給は引き締まりを続けたことを考えると、この7~9月から日本経済が再び回復軌道に戻れば、労働市場はさらに逼迫に向かう可能性が高い。その意味で今起こりつつあるのは、単に一時的・循環的な労働需給のタイト化というより、まさに長期的・構造的な「人手不足時代の到来」と捉えるべきである。

【図1】労働需給
【図1】労働需給

そこで以下では、上・下2回に分けて、この人手不足時代到来の意味について考えてみたい。まず(上)の「その背景とマクロ的帰結」では、人手不足が何故「突如やって来た」ように感じられるかについて説明した後、高齢化に伴って生産年齢人口が大幅に減少する一方、総人口は未だ大きくは減らない結果、消費人口>労働人口という状態が生じることが人手不足問題の本質だと論じる。続いて、人口減少社会が抱える基本的な困難が財政面に集約的に顕われることを示した上で、人手不足→賃金上昇→物価上昇がデフレ脱却を容易にする反面、長期金利の急上昇というリスクにも繋がることを指摘する。また、人手不足を緩和する女性と高齢者の活躍への期待に関しても、私見を述べることとしたい。

一方、(下)の「変化への希望」では、人手不足時代の到来がもたらす望ましい方向への変化について論ずる。その第1は、過去20年余りに亘る日本経済の長期低迷・デフレの下で進んだ格差社会が是正される可能性である。日本の格差拡大の最大の犠牲者は若者たちだったが、人手不足は様々なルートで若者を巡る環境の改善に繋がると期待される。第2に、永年に亘り、日本経済の最大の弱点はサービス産業の低生産性だと言われてきた。その背景に、例えばICT化の遅れ等が指摘されてきたが、低賃金の労働力が容易に確保できる環境下では、そうした生産性向上へのインセンティブ自体が乏しかったとも考えられる。しかし、環境は明白に変わった。生産性向上に対しては、政府の「成長戦略」以上に、価格メカニズムが大きな役割を果たす可能性がある。

1. 人手不足時代到来の背景

(突如やって来た人手不足)

冒頭でも見たように、今や日本経済が人手不足状態にあるのは、各種の雇用関連指標などから明らかなのだが、世の中ではこの「突如やって来た」、「予期せざる」人手不足に戸惑いが広がっているように感じられる。筆者自身、この春から「潜在成長率の低下」といった問題提起をしてきたが(*1) 、そのきっかけは、昨年12月に完全失業率が3.7%まで低下し、年が明けても失業率低下が続いたため、ついに「これはほとんど完全雇用ではないか!」と気付いたことだった。正直な話、つい先だってまで「企業の人員整理」、「高校・大学生の就職難」ばかり聞かされてきただけに、少なからぬ困惑を覚えたものだ。

もちろん、後知恵で人手不足を説明するのは難しくない。そもそも日本の生産年齢(15~64歳)人口がピークに達したのは、20年近く前の1995年であり、当時の約87百万人から足もとは約79百万人へと1割近く減っている。つまり、長引く不況で雇用の余剰感はなかなか払拭されなかったが、その背後で労働供給は着実に減り続けていたのだ。このため、アベノミクスで少し景気が上向くと、たちまち労働供給の壁に突き当たったというわけである。また、現在の景気回復がリーマン前のような輸出主導型ではなく、個人消費や公共投資といった労働集約的な内需主導型であることの影響も少なくないだろう。

(団塊世代高齢化のインパクト)

それにしても、である。高齢化に伴う生産年齢人口の減少は誰もが知っていたことだから、何故もう少し早く人手不足の到来を予見する議論が出て来なかったのだろうか(*2)?そこで筆者が今更ながら思い至ったのは、団塊世代が高齢化することのインパクトの大きさである。団塊世代(1947~1949年生まれ)の人数の多さは改めて言うまでもない。先の生産年齢人口に即してみれば、近年は団塊世代の65歳到達により、生産年齢人口は毎年100万人以上のペースで減っているのだ。だが、ここで指摘したいのは、団塊世代とそれ以前の世代の高齢者としての「質」の違いである。

生産年齢人口がピークだった1995年に65歳を迎えた人々は1930年生まれ、ちょうど終戦の年に15歳になった人たちだ。そう考えると、彼/彼女らの多くが最初に就いた職は農業を中心とする自営業であった可能性が高い。その後、離農したり、兼業農家となって勤めに出た人も少なくなかったろうが、会社で定年を迎えた後、再び農業・自営業に戻る余地は大きかったと思われる。この場合、60歳ないし65歳は、彼/彼女らの人生にとって、あくまで通過点に過ぎない。それ以前も働いたし、それ以後も健康が許す限り働き続けるからだ。

これに対し、団塊世代の多くは会社勤めから社会人生活を始めた人々である。また、団塊世代の女性たちは、日本史上空前絶後の「専業主婦世代」であったことが知られている。だから、彼/彼女らにとっては、定年退職が人生の決定的な転機を意味する。それ以降は労働人口であることを止め、しかし消費人口には留まり続けるのだ。65歳以上男性の労働力率(働きたいと希望する人の割合)をみると、1995年には37%台だったものが、昨年は意外なことに29%台へと8%ポイントも低下している。この20年間に高齢者はますます元気になり、企業の高齢者再雇用制度も大幅に拡充されたにもかかわらず、高齢者の労働力率が低下している一因に、こうした高齢者の「質」の変化があることは明らかだろう。

こう考えると、日本の労働供給が本当に減り始めたのは1990年代ではなく、団塊世代が60歳に達した2000年代の後半だったと理解すべきかもしれない。事実、当時は団塊世代の退職と景気拡大が重なって、人手不足が意識され始めていた。しかし、その直後に日本経済を襲ったのがリーマン・ショックだった。このため、潜在的な人手不足が表面化するに至らず、むしろ恒常的にリストラと就職難の時代が続いているような認識が広がって行ったのである。その後、一昨年5月から11月までの「ミニ景気後退期」は、マイナス成長の中でも有効求人倍率には全く低下が見られなかった。これは明らかなアノマリーであり、今から思えば人手不足時代到来の予兆だったのだが、筆者も含めて当時それを指摘した者は誰もいなかった。

(消費人口>労働人口の意味するもの)

さて、団塊世代を先頭に、今後は高齢化に伴って労働人口からは退出するが、消費人口には留まる人が年々増えて行く。その結果、日本全体では、徐々に消費人口>労働人口という傾向が強まって行くことになる。これが人手不足をもたらすのだ。

これを需要項目に即してみると、消費は、個人消費、政府消費ともに底堅く増えて行く可能性が高い。政府消費は、耳慣れない言葉だろうが、学校や警察などの公共サービスに加え、医療・介護などがここに含まれるため、高齢化に伴って需要が拡大して行く分野である。他方、投資に関しては、設備投資、住宅投資を問わず、基本的には伸びにくいだろう。設備投資では、後述のように人手不足を機械化で補う労働代替型の投資には増加余地があるが、働き手が減る中、国内で設備増強を繰り返すのは合理的ではない。まして、新規の住宅を求める若年層が減って行けば、住宅投資が減るのは明らかだ(先日公表された『住宅・土地基本調査』は、今の日本での問題はむしろ空き家の増加だということを示していた)。輸出についても、設備投資の場合と同様に、国内の働き手が減るなら、国内で生産して海外に輸出するのは、一部の例外を除いて割に合わなくなって行くだろう。

実際、GDPを構成する主な需要項目の推移をリーマン・ショック前のピーク(2008年1Q)を100とした指数で表してみると(【図2-1】【図2-2】)、東日本大震災の影響や消費税率引き上げ前後の駆け込み・反動などでギクシャクはあるが、大まかに見れば上に述べた通りの動きが確認できる。足もとの景気回復については、輸出の伸び悩みが目立つ一方で、個人消費が回復のリード役となっている点でしばしば「異例」のパターンとされるが、高齢化・人口減少社会という大きな流れを踏まえれば、そうした姿が今後の「通例」=new normalとなって行くのではないのだろうか(*3)

【図2-1】GDPと消費(2008/1=100) 【図2-1】GDPと消費

【図2-2】GDPと投資・輸出 【図2-2】GDPと投資・輸出

2. 人手不足のマクロ的帰結

(人口減少社会の困難=財政問題)

これから日本経済は人手不足の時代、さらには本格的な人口減少時代に向かって行くことが避けられない。だが、人口が減ることの一体何が問題なのか? 確かに、人口が減少すれば、GDP規模の拡大は難しくなる。「世界第2位の経済大国の地位を中国に奪われた」と嘆く人には大問題だろうが、経済学者が重要だと考えるのは1人当たりのGDP、より正確には1人当たりの(個人+政府)消費である。実際、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンといった北欧諸国は、人口が少ないためGDPの規模は小さいが、人口1人当たりのGDPは日本よりずっと高く、豊かな暮らしを享受している。それで問題ないではないか?(*4)

先に高齢化の進展が消費人口>労働人口をもたらすと述べたが、この結果、総人口に占める生産年齢人口の比率が下がれば、働き手の減少によって人口1人当たりのGDPも減ってしまう可能性がある。生産年齢人口/総人口比率が高まる時期を人口ボーナス期、その比率が低下する時期を人口オーナス期(onusは重荷という意味)と呼ぶのはそのためである。日本の場合を振り返っても、1950~1970年頃の人口ボーナス期に高度成長を経験し、1990年以降の人口オーナス期は低成長期に対応する(1970~80年代の中成長期は、同比率が高原状態にあった)。ただ、やや非現実的な議論かもしれないが、もし人々が現役時代に老後必要とする資産を蓄えていれば、1人当たりGDPは減っても、資産取り崩しで1人当たりの消費は減少しない。少なくとも理論的には、人口減少が経済厚生の低下に繋がるとは限らないのだ。

実は、ここで問題になるのが財政というものの存在である。まず、現役世代の支払う保険料で給付を賄う賦課型(pay as you go)の社会保障制度があれば、老後のために貯蓄をする動機が失われる。その上で、少子高齢化で保険料を負担する人と給付を受ける人の人数のバランスが崩れれば、保険料を引き上げるか、給付を減らすか(もしくはその両方)という厳しい選択を迫られる。これが、わが国の社会保障制度が直面する問題であることは、周知の通りだ(*5)。もう1つは、国債である。国債とは、前世代が使った資源のツケを後世代に廻すものだから、それに見合ったストックが遺されない限り、後世代への負担の押し付けとなる。当然、後世代の人数が減るほど負担は重くなるが、世界に先駆けて人口が減って行く中で、ギリシアをも上回る公債残高/GDP比率を抱えるのが、この日本という国なのだ。いずれにしても、人口減少社会の抱える矛盾は財政面に集約的に顕われる点を明確に理解することが重要である(*6)

(賃金・物価の上昇:デフレ脱却とそのリスク)

次に、消費人口>労働人口のマクロ的な意味だが、まず第1に、働き手が足りないのだから、労働市場では人手不足が発生する。第2に財市場では、財・サービスの作り手より使い手の方が多くなるのだから、超過需要が発生しやすい(=需要コントロールが適切に行われないと、インフレになりやすい)。第3に、国内で作る以上に消費する結果、貯蓄不足が発生して経常赤字となる、と考えるべきである。一見、過去20年余りの日本経済とすべてが真逆であるため、「そんなことはあり得ない」と思われるかもしれない。しかし、現にこの2~3年の間に、(1)人手不足が深刻化し、(2)消費者物価はプラスに転じ、(3)経常収支も今年前半はついに赤字となる、という驚くべき変化=マクロ的な局面転換が起こっている点に気付くべきだ。これをもって「アベノミクスの成果だ」と誇る人もいるだろう。それも半面の真実ではあるが、アベノミクスで日本の成長率が大きく高まったわけではない。むしろ、アベノミクスはたまたまこの大転換期に当たったことで成果を生むことができたのではないか(*7)

賃金・物価の動きを見ると、6月の消費者物価(除く生鮮食品)前年比は、消費税の影響を除いて+1.3%だった。これには円安の影響が大きいので、その剥落により徐々に上昇幅を縮小して行くと見られている(現に4月の+1.5%から既に幾分低下した)。しかし、筆者は、現在の人手不足状況を踏まえると、秋口に掛けて+1%強まで縮小した後、再び上昇率を高めて行くのではないかと考えている。円安主導の物価上昇から賃金主導の物価上昇へという見立てである。この点、従来は大企業のベースアップの動向に注目する見方が多かったが、これはややピント外れではないかという気がする。

というのも、現在どんな分野が人手不足なのかを日銀短観の雇用判断DIで確認すると(【図3】)、輸出景気で製造業の人手不足が目立ったリーマン前とは違い、現状は(建設業を別にすると)小売、飲食・宿泊、対個人サービスといった消費関連で人手不足が深刻化しているからだ。だとすると、賃金上昇も経団連型大企業が目立つ製造業より、中小事業所の多い非製造業が先行する可能性が高い。しかも、過去の経験則を踏まえると、(1)労働需給が賃金に直接影響を及ぼすのは、中小非製造業であり、(2)消費者物価への影響がより大きいのも、中小非製造業の賃金動向の方なのだ。実際、大企業の正社員の場合を考えると、留保賃金(reservation wage)より現実の賃金の方が遥かに高いため、労働需給がタイト化して留保賃金が上昇しても、それが賃上げに結び付くかは定かでない。しかし、現実の賃金≒留保賃金である中小非製造業の場合、留保賃金が上がっても賃金が上がらなければ、労働者は本当に職を去ってしまう。それが嫌なら、企業は賃上げを認めるほかないのだ。また、大企業では多少賃金が上がっても、それを販売価格に転嫁するかどうかは別問題だが、人件費比率の高い中小非製造業では、賃金が上がれば何らかの形で(例えば「より付加価値の高い商品・サービスを提供する」との名目の下で)販売価格を上げざるを得ない(*8)

【図3】雇用人員判断DI(不足-過剰) 【図3】雇用人員判断DI(不足-過剰)

こうして周辺部分から賃金上昇が物価上昇へと波及して行くとみられるが、それがどのようなテンポになるかは、筆者にも予見し難い。何分、労働需給の引き締まりが賃金上昇を招き、それが物価上昇に繋がるのはあまりにも久方振りで、過去のパターンが単純に当て嵌まるとは思えないからだ。全くの当て推量で言えば、日銀が目指す2%インフレを来年春までに達成するのは無理でも、あと1~2年で2%に近づく可能性は十分にあるという気がする。それは「デフレ脱却」の観点だけから考えれば望ましいことだが、実は今の日本で長期金利が0.5%程度の超低水準にあるのは、日銀が毎月7兆円もの長期国債を買い入れているからだ。もし2%インフレが本当に実現し、日銀の国債買い入れが終了すれば、長期金利が急騰して巨額の公債残高という日本経済の弱点が露呈してしまうリスクがある。前述のように、日本経済を取り巻くマクロ環境が大きな転換を遂げたことを踏まえるならば、デフレ脱却を急ぐよりも財政の持続可能性の回復をこそ急ぐべきだと思う(*9)

(女性と高齢者の活躍のために)

一方、人手不足への対応については、短期的に人口を増やすのが不可能な以上、移民を別にすると、(1)労働者1人当たりの生産性を高めるか、(2)労働参加率を高めるか、のいずれかしかあり得ない。いずれもがアベノミクスの文脈で言えば「第3の矢」=成長戦略に含まれるものであり、現に政府も様々な施策を掲げている。本稿では、(1)の生産性向上に関しては(下)で取り上げることとして、ここでは(2)のうち、女性や高齢者にもっと活躍してもらうために何が必要かについて、私見を述べることとしたい。

生産年齢人口が減る日本で、女性の活躍にますます大きな期待が掛かるのは、当然過ぎるほど当然だ。しかし、ここで考えるべきは、日本社会にとって重要なのは女性就業者の数よりも、その質ではないかという点である。女性の年齢別就業率には、結婚・子育て年齢で就業率が下がるM字カーブが指摘されてきた。確かに、日本女性の就業率は北欧諸国等と比べれば依然底上げ余地があるとは言え、M字カーブの底は着実に上がってきており、つれて就業率自体も上昇基調にある。むしろ問題なのは、女性の就業率は上がっても、その大部分が主婦パートを中心とする非正規雇用に止まっている点だろう。事実、雇用者の3分の1が非正規雇用だということがしばしば問題とされるが、女性の場合、非正規比率は5割を超え、逆に非正規雇用に占める女性比率は7割に達する。こうした状況に対し政府は、保育所の増加や育児休暇制度の充実などを通じて、女性が結婚・出産を機に退職することなく働き続けられるような環境整備に努めている。筆者もそうした努力を高く評価するが、より根本的に「103万円の壁」、「130万円の壁」と呼ばれる問題に風穴を開けることが重要だと考える。

これは、夫が一定以上の所得を得ている家庭で妻が職に就く場合、(1)妻の収入が103万円を超えると、夫の配偶者控除が認められなくなり、(2)収入が130万円を超えると、自ら社会保険(健康保険、年金保険)料の負担が求められる、という形で税・社会保険料負担が大幅に増えてしまう問題だ。このため、年間収入が103万円、ないし130万円に達しないように勤務時間を制限する女性も少なくない。つまり、政府は一方で「女性が輝く社会」というスローガンを掲げながら、現行制度は女性が専業主婦、ないし低所得の主婦パートに止まる(=フルタイムで働かない)ことに多額の補助金を支給しているのだ。問題はそれだけではない。(下)でも述べるように、筆者は、非正規雇用自体が問題ではなく、日本では非正規雇用の待遇が悪すぎる点が問題だと考えるのだが、その背後に、一定以上の収入を求めない主婦パート(=最大の非正規雇用)の存在が大きく影響している可能性があるからだ(*10)。その意味でも、この「103万円の壁」、「130万円の壁」を取り払う意義は極めて大きいと思う。

一方、高齢者に関しては、政府は再雇用制度の拡充・延長を繰り返してきた。しかし、仮に定年を65歳まで延ばすとなると、大卒でも同じ会社に40年以上留まることになる。それが本当に望ましい姿なのだろうか? ここで日本的長期雇用の是非を本格的に論ずる紙幅はないが、筆者は、これまで過度に長期雇用を重んじてきた結果が、(1)人々のライフコースの選択の幅を狭め、(2)女性の就労継続を困難にし、(3)若者の雇用機会を奪ってきた、のではないかと疑っている。翻って、(4)企業の事業転換の自由度を損なっている面もあろう。高齢者に限らず、新たな職を求めるための技能修得の機会を公的に保証することが、より重要だと考える。

と同時に、今後は元気で、高学歴で、一定の年金収入もあって資産も蓄えた高齢者がますます増えて行く。こうした人達には、ボランティア等の形で是非もう一度社会に貢献してもらいたいと思う。例えば、医療・介護である。医療・介護分野の人手不足の深刻さはよく知られているが、介護報酬の大幅な引き上げは財政面の制約から考えて容易ではない。しかし、その現場を見れば、看護師や介護士が必ずしも専門性を必要としない雑用に多くの時間を割いていることが分かるだろう。そうした部分をボランティアが代替できれば、人手不足は大きく緩和し、医療・介護費用も節約できる筈だ(そこに規制等による制約があるなら、不要なものは取り払えば良い)。もう1つは、例えば観光だ。日本はこれまで観光をあまりに軽視してきたが、もともと観光資源には恵まれた国である。訪日外国人を現状の2倍の2千万人に増やすという政府目標も、決して無理ではない。その際、歴史知識が豊富で外国語にも堪能な観光ガイドが活躍する余地は大きいと思う。このような形で、女性だけでなく「高齢者も輝く社会」を築いて行くことができないものだろうか?

注釈

(*1) : 本欄掲載の拙稿「潜在成長率はさらに低下した?」、および「デフレ脱却後の日本経済」を参照。

(*2) : 実際、安倍政権の登場以来、アベノミクスや異次元緩和を巡って、経済論戦は近来稀な程の盛り上がりを見せたのだが、ごく最近に至るまで、そのすべてが「日本経済は深刻な需要不足にある」との前提に立ったものだった。

(*3) : グラフには示していないが、唯一真に「異例」と言うべきは、公共投資が急増していることだろう。日本のような成熟社会で今更公共インフラを拡充する必要は乏しい。雇用対策ならともかく、日本全体で完全雇用にあり、まして建設現場では人手不足の深刻化で工期遅れや入札不調が広範化しているのだ。

(*4) : 国連が作成した世界幸福度ランキング(2013年)では、デンマーク第1位、ノルウェー第2位、スウェーデン第5位と、北欧諸国が上位に並んでいる。一方、GDP規模による経済大国の順位は、米国17位、中国93位、日本43位だった。

(*5) : 社会保障制度には、このほか、各人が老後のための資産を蓄える「積立型」というもう1つの仕組みがあり得る。先に、個々人がそれぞれ老後の資産を蓄えるのは「非現実的」と述べたが、それは自分がいつ死ぬか誰にも分からないからだ。積立型の社会保障制度とは、そのリスクを社会全体でプールする「長生き保険」と理解することができる。
賦課型と積立型を比較すると、人口構成(demography)の変化に対する頑健性の面では積立型が優れている。しかし、いったん賦課型で制度を始めてしまってから積立型に移行しようとすると、その過渡期に二重負担の問題が生ずる。これらの点に関しては、例えば鈴木亘『社会保障の「不都合な真実」』(日本経済新聞出版、2010年)を参照。

(*6) : 前述のように、人口構成が変化しても、各世代が相互に自立していれば、経済厚生への悪影響は生じない。しかし、財政の中でも社会保障や国債は、まさに世代間の相互依存を創り出す仕組みなのだ。

(*7) : なお、本質的には全く同じことだが、拙稿「デフレ脱却後の日本経済」では、上記の変化を貯蓄・投資バランスの変化の観点から論じている。ここでも指摘したことだが、人口オーナス局面入りから20年余り経ってマクロ・バランスが変化して来るのは、人口学的転換が認識された時点でまず投資需要が減少する一方、供給サイドは実際の労働供給減に沿って緩やかに低下して来るためである。

(*8) : 留保賃金とは、それ以下の賃金なら仕事を辞めた方がマシと労働者が感じる賃金水準を指す。大企業の正社員の場合、OJT等で企業特殊的な技能を蓄積しているため、留保賃金と実際の賃金は大きく乖離し得る一方、流動的な労働市場で雇われるパート・アルバイトでは現実の賃金も概ね留保賃金と等しくなる。なお、企業特殊的な技能を蓄えた労働者と企業の賃金交渉は双方独占的な色彩が強くなるため、その結果が企業の販売価格など他の要素に影響する程度は小さくなると考えられている。

(*9) : この点についてより詳しくは、拙稿「『異次元金融減緩和』:1年後の評価」、および「デフレ脱却後の日本経済」を参照。

(*10) : 近年の非正規雇用の若者には、正規の職が得られなかったため、止むを得ず非正規の職に就いている者が多い。しかし、もし経験を積んで生産性の高い主婦パートたちが上記理由から低賃金に甘んじるならば、若者の賃金引き上げも難しくなってしまう。

シリーズ

人手不足時代の到来(下) ~変化への希望~

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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