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アベノミクスの先に待つ課題 -金融緩和の後始末と財政再建-

2013年8月9日(金曜日)

1.はじめに

筆者が6月末、本欄に掲載した「『異次元金融緩和』とアベノミクスの行方」というコラムの骨子は、

  1. 4月に日銀が打ち出した「異次元金融緩和」は、事前には誰もその効果が分からないある種の実験だったが、今のところその賭けは成功している。特に、円安・株高が支持率上昇という形で安倍首相に大きな政治資本(ポリティカル・キャピタル)を与えた点が大きい、
  2. アベノミクスの本丸は「第3の矢」=成長戦略だが、その柱は農業、雇用、医療など政治的抵抗の強い分野の規制緩和にある。首相がこれまでに蓄えたポリティカル・キャピタルをフルに活かして抵抗を突破するなら、アベノミクスは本当の日本経済再生に繋がる可能性がある、

というものであった。今は、参院選で過半数を得た首相が構造改革への取り組みにおいて、どれだけの結果を出せるかに注目すべき時である。

だが、話はここで終わらない。首相が「第3の矢」で成果を上げ得たとしても、それはあくまでアベノミクスの往路の達成であり、その先の復路には金融緩和の後始末という困難な課題が控えている。また、デフレ脱却が視野に入るまでに財政再建の目処をつけるという、もう1つの大きな課題も待ち受ける。これらの課題をクリアして出口にまで辿り着いた時に初めて、アベノミクスは成功だったと言えるのだ。

日銀の黒田総裁も言うように、日本では「出口問題を議論するのはまだ早い」のかも知れない。だが、世界の金融市場は既に米国での金融緩和の後始末を意識して動き始めている。戦いにおいても、前進より退却の方が遥かに難しいのは周知の通りだ。そう考えると、「往きはよいよい、帰りは怖い」とならぬよう、アベノミクス復路の課題についても、予め最低限の整理が必要であろう。

2.金融政策への信認の確保

最初は、筆者の古巣である日銀が直面する課題である。先の本欄でも指摘したように、黒田日銀が唱える「2年で2%」のインフレ目標達成は容易ではない。確かに、最近の消費者物価前年比はプラスに転じつつあるが、これは専ら円安に伴うエネルギー価格などの上昇によるものであり、賃金上昇の兆しが見られない中では、デフレ脱却の持続性を保障するものではない。現に、民間エコノミストのほとんどは、物価上昇率が高まるにはもう少し時間が掛かり、2年以内での2%目標達成は無理だと考えている。

しかし、浜田宏一内閣官房参与が「物価が上がらなくても、景気が良くなればそれで良い」と言うように、国民の多くが直ちに2%インフレの実現を求めている訳ではあるまい。だとすれば、物価上昇の遅れが明らかになっても、無闇に量的緩和拡大に突き進むのではなく(それは、後述の出口の困難をより深刻にする)、2%目標を堅持しつつ、なぜ物価上昇に時間が掛かるのか、粘り強く説得して行くのが正攻法だと思う。もちろん、金融政策の有効性を支えるものが、中央銀行に対する市場の信認である以上、インフレ目標を約束した当事者たる日銀の説明責任は極めて重い。とりわけ日銀の場合、「白川前総裁時代には頑なに拒んでいた大胆な金融緩和を、なぜあっさりと受け容れたのか」との疑問が残る中で、今度は目標達成を先送りするだけということでは、信認に大きな傷が付きかねない。誰もが納得できる丁寧な説明が求められよう。

3.長期金利の変動抑制

次の課題は、長期金利の変動抑制である。4月の金融緩和直後に大きく低下した長期金利が、その後急上昇して話題になったが、その水準は所詮0.8~1.0%程度であったし、その後の日銀のオペ手法の工夫と市場参加者の慣れにより、市場は落ち着きを取り戻している。そもそもインフレ期待を安定的に保ったまま国債などを買い進める米国などの場合と違い、日本ではインフレ期待を高めることを目的としているのだから、デフレ脱却期待が高まれば金利は上昇するのが当然である。また、ヴォラティリティーの拡大も、「異次元金融緩和」の実験的性格を踏まえれば、ある程度は仕方ないと割り切るべきだと思う。

しかし、2年以内は無理でも、いずれ2%インフレが視野に入って来るのなら、長期金利は2~3%程度(=日本の潜在成長率+インフレ率)まで上がってくる筈であり、そうなれば長期債を大量に保有していた先に大きな損失が発生することになる。日本の場合、長期国債を大量に持っているのは国内金融機関だが、いわゆるメガバンクは残存期間の短い債券への運用が中心のため、最も深刻なダメージを蒙るのは地銀や信金である。貸出需要が乏しく、収益確保のため止むを得ず長期債に大量投資してきた地銀や信金にとって、長期金利の急上昇は経営基盤をも揺るがしかねないだけに、金融システムの安定確保のためにも、長期金利の動向には細心の注意が必要となろう。

しかも、欧州ソブリン危機の経験を踏まえると、金利はいったん上昇を始めるとオーバーシュートする可能性があり、その場合は日本の長期金利も2~3%程度では止まらないかもしれない。事実、一昨年末には南欧諸国の国債金利が(プライマリー・バランスがほぼゼロのイタリアまで含めて)7%前後まで上昇し、その金利負担増が財政の先行き見通しを悪化させるという危機的悪循環に至った。この時、欧州中央銀行(ECB)はLTROと呼ばれる長期固定金利オペを導入することで、市場の安定化に大きな成果を収めた。5月の金融政策決定会合の前にも、日銀が同様の措置を導入するのではとの観測が流れたが、本当にそうした手段が必要になるのは、この春くらいの市場の混乱時ではなく、オーバーシュートと言える程度にまで長期金利が上昇し始めた場合だと考える。

4.金融緩和の「出口問題」

また、金融緩和が所期の目的を達成すれば、いずれは金利を正常化する時が来る。その際、通常の金融緩和ならば単に金利を上げるだけだが、現在の日米のように、市場から資産を大量に購入してバランスシート(B/S)を拡大している場合には、まず資産を売ってB/Sを縮小しないと、金利を正常化できない。しかし、長期国債などを大量に売れば市場に混乱をもたらす恐れがあり、簡単ではないというのがいわゆる「出口問題」だ。

もちろん、日本の出口はまだ先だが、米国では住宅市場の回復が始まり、雇用情勢も徐々に改善する中、出口がそろそろ視野に入り始めている。具体的には、現在毎月850億ドルのFed(連邦準備制度)による証券購入額が、年内にも縮小され(taperingと呼ばれる)、来年には購入停止、いずれは(一部)売却が想定されているということだ。5月下旬以降、それまで一本調子の円安、株高であった市場に動揺が見られたが、これには、バーナンキ議長がtaperingの可能性に言及したことが大きく影響した。

この時、市場も驚いたようだが、Fed自身はもっと驚いたに違いない。というのも、Fedは従来「長期金利に影響を与えるのは、中央銀行がストックとしてどれだけの国債などを保有しているかであり、市場からのフローの購入額ではない」としてきたからだ(stock view)。にもかかわらず、実際には購入額を減らす可能性を示唆しただけで、世界全体の金融市場が大きく動揺したのだから、出口問題は従来考えていたより遥かに難しいということを再認識した筈である(このことは、当然ながら、現在毎月7兆円近い長期国債を購入している日銀が、将来出口で直面する困難が極めて深刻だということをも意味する)。最近のFedは、出口問題の難しさを踏まえ、tapering自体は断固実行する一方、tapering=金融引き締めではないと市場を説得しようと試み、一応の成功を収めつつあるように見える。

なお、やや技術的になるが、実は、保有国債などを大量に売らなくても、当座預金への付利を引き上げれば、市場金利を上げることは可能である。そうすれば、市場の混乱は防ぐことはできるが、中央銀行が金融機関に対して巨額の利子を支払うこととなる。経済学的にはともかく、その金利が銀行預金の金利を大きく上回るならば、銀行への補助金として厳しい政治的批判を浴びるのは確実だろう(米国では、公的資金で救済を受けた大手金融機関への反感が根強いうえ、共和党は元々量的緩和に反対だった)。こうした点も含めて、米国での金融緩和の後始末の動きを丹念にフォローすることが重要だ。リーマン危機直後の米国は、金融システム安定化や金融緩和の手法などについて、良い意味でも悪い意味でも日本の経験から多くを学んだと言われている。今度は、我々が米国の動向に注目し、そこから真剣に学ぶべき時だと思う。

5.財政赤字への対応

さて、以上は主に金融面の課題であったが、アベノミクス復路での最大の課題は、デフレ脱却までに財政赤字が十分に抑制されているか否か、である。対GDP比でギリシャをも上回る国債残高を抱えながら、日本の財政が維持されてきたのは、国債のほとんどが国内で消化されてきたことと、逆説的ではあるがデフレ・低金利により利払い費用がほとんど増えなかったためだ。しかし、遂に貿易収支が赤字に転落する一方、利払い費用の増勢もはっきりしつつある。

そうした中で、安倍政権は明確なインフレ目標を掲げて登場した。デフレ脱却が実現すれば、財政も大幅に好転するとの誤解もあるようだが、税収が歳出の半分しかない日本では、物価が上がってもプライマリー・バランスすら改善しない。そのうえ、長期金利が2~3%になるだけでも、利払い費用は現状の数倍に膨らむ。そうなれば、(ストックとフローの比率である国債残高/名目GDP比率はともかく)財政赤字幅は急激に拡大することとなる。だから、ギリシャ化を避けようとするなら、デフレ脱却が明確化するまでに、財政再建への目処をつけておくことが必要なのだ。

政府は「2020年度までにプライマリー・バランスを黒字化する」との目標を掲げているが、そのための道筋は未だに全く明らかになっていない。しかし、時限を切ってインフレ目標を掲げた以上は、退路を断って財政再建に取り組む覚悟を決めているものと理解したい。そのためには、まず消費税率の10%への引き上げを決断することだが、政府自身も認めるように、それだけではプライマリー・バランス黒字化は到底実現できない。財政赤字拡大の主因が社会保障費の累増にあることは明確である以上、踏み込み不足の社会保障国民会議の報告を超えて、社会保障改革をアベノミクス「第4の矢」として早急に発動すべきだ。

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。