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「異次元金融緩和」とアベノミクスの行方

2013年6月26日(水曜日)

アベノミクスを掲げた安倍晋三首相が再登場して半年あまり、日銀の黒田東彦新総裁が「異次元金融緩和」を打ち出してから約3か月が経った。ひと頃は歓迎一色だった金融市場も、最近はやや気迷いムードを漂わせている。果たしてアベノミクスは本当に日本経済の再生を実現できるのか? その成否の鍵を握るものは何なのか? 本稿では、これらの点について、大胆な金融緩和の効果に焦点を当てつつ考えてみることとしたい。

1. 「異次元金融緩和」は壮大な社会実験

日銀は4月4日、黒田新体制下の最初の金融政策決定会合において、「質的・量的金融緩和」、別名「異次元金融緩和」の導入を決定した。その骨子は、

  1. 長期国債など、市場からの資産買入れを大幅に増やす(長期国債のグロス買入れ額は毎月7兆円強)
  2. これにより、マネタリーベースの量(2012年末約138兆円)を2年間で2倍程度に増やす
  3. 以上を通じて、2年程度のうちに消費者物価上昇率2%の「インフレ目標」の達成を目指す

などである。こうした政策は、すでに短期金利がゼロになってしまった後で、様々なルートから金融緩和効果を狙うものであり、通常の短期金利の上げ下げによる「伝統的金融政策」に対して、「非伝統的金融政策」に分類される。

ここで確認しておきたい点は、非伝統的金融政策の効果に関して経済学界では、理論的にも実証的にも定説が無かったということである。実際、伝統的金融政策は、金利という投資のコストに直接効果が及ぶことで、設備投資や住宅投資など経済活動に影響を与えるものであり、政策の波及経路が明確である。これに対し非伝統的金融政策は、人々の「期待」に働き掛けることで間接的に経済活動に影響を及ぼすことを想定しており、波及経路は必ずしも明確でない。もちろん、所謂「リフレ派」、「反リフレ派」はそれぞれに様々な議論を展開しているし、厳密に言えば、非伝統的金融政策の各種のタイプ(名前だけ挙げればforward guidance、quantitative easing、credit easingなど)を区別して考えるべきだろうが、詳細は略して結論だけ言えば、「よく分からない」と答えるのが最も誠実かつフェアであるように思う。

このため、効果があるとすれば、恐らく円安や株高といった資産価格を通じるルートであり、逆に最大のリスクは、大量の国債買入れが財政赤字の穴埋めと見られることに伴う長期金利の急上昇だろうというのが、差し当たり最低限の共通理解であった。つまり、非伝統的金融緩和は「やってみなければ、結果は誰にも分からない」という意味で、壮大な社会実験(ないしギャンブル)の性質を持つものだったのである。

2. 「異次元金融緩和」の効果をどうみるか

金融市場では、大胆な金融緩和を唱える自民党安倍総裁による政権奪回が予想された昨年秋の衆議院解散前後から大幅な円安・株高が始まっていたが、その後、日銀による金融緩和の規模が市場の想定を大きく上回ると、一段の円安・株高が進行した。確かに5月下旬からは、米国での量的緩和縮小観測などもあって、円相場、株式相場とも大きく調整した結果、「異次元金融緩和」導入以後の円安・株高分はほぼ消えた格好となっているが、それでも昨年秋と比べれば、かなりの円安・株高水準にある。この面から見て、大胆な金融緩和の賭けは差し当たり成功だったと評価できよう。

長期金利は「異次元金融緩和」導入直後に一時急低下した後、上昇に転じた。しかし、10年国債で見て0.8~0.9%という水準は昨年同時期をさほど上回るものではなく、大きな懸念には及ばない。また、物価が上がって行くのであれば、長期金利が上昇するのは当然でもある。もちろん、円相場、株式相場、長期金利とも最近は相場の変動幅(volatility)が大きく拡大しており、これは決して望ましいことではないが、もともとが実験、ないしギャンブルであったと考えるならば、多少の相場の振れは覚悟すべきものだ。

一方、実体経済に眼を転じると、昨年秋に世界的なミニ在庫循環が一巡した結果、景気は回復歩調にある。先行きについても、財政刺激や消費税引き上げ前の駆け込み需要などで、景気の回復基調は続くと予想される。しかし、昨年のミニ景気後退の「谷」は11月であったと見られ、タイミングから考えて景気回復自体がアベノミクスの成果だとは言えない。したがって、アベノミクスの効果を考える上では、円安、株高の影響に注目する必要がある。

この点、まず株高は、個人の株式保有が少ない日本では、米国などに比べて個人消費への影響が小さいのが普通だが、それは今回も基本的に同じと見られる(1~3月のGDPベースの伸びはやや過大推計だろう)。それでも昨年の景気後退期を含めて雇用情勢が底堅いことを考えれば、個人消費は緩やかな伸びを続ける可能性が高い。他方、円安は通常、輸出・生産に大きな影響を与える筈なのだが、今のところ輸出・生産の伸びは限定的にとどまっている。これは、(1)世界景気の回復自体が鈍いことに、(2)円安でも日本企業が海外生産拡大姿勢を崩していないこと、(3)一部産業での国際競争力劣化、などが重なった結果だと思われる。ただ、時間が経つにつれ、輸出・生産の伸びは徐々に高まって行くだろう。

こうした中で、物価面では、消費者物価の前年比マイナスこそほぼ消えたものの、はっきりしたデフレ脱却の兆候は窺われていない。今後、円安の影響もあって消費者物価の上昇率はプラスになって行くとみられるが、安倍首相の呼びかけにも関わらず、所定内賃金の上昇が直ちには見込めない中で、2%への道程はまだまだ遠そうである。実際、民間エコノミストの予測を集計しているESP調査(6月調査)によれば、2年後の消費者物価上昇率は、消費税の影響を除くと1%にも満たないとの見方が圧倒的である(ちなみに、同調査によれば、2年以内に2%のインフレ目標を達成「できると思う」と答えたのは、40人の専門家のうち1人だけだった)。

3. 「異次元金融緩和」の評価を巡って

それでは、仮に2年以内に2%のインフレ目標を達成できなかった場合、「異次元金融緩和」は失敗だったということになるのだろうか? 字義通り言えばそうだが、仮に再来年の春までに2%インフレが実現されれば、2015年1~3月の消費者物価上昇率は、消費税の影響も含めると4%以上となる。国民の多くは、こうした高いインフレ率が直ちに実現することを望んではいまい。当面は、過度の円高、株安が是正され、景気がよくなり、物価も賃金も少しプラスになれば、それで十分満足なのではないだろうか。これだけ大規模な資産買入れを実行しても実体経済の反応はなお限定的であり、国民も急激な物価上昇を望んでいないとすれば、今後インフレ目標達成の困難さが明らかになってきても、対面にこだわって無闇にさらなる量的緩和拡大に突き進むのは危険だと思う。

筆者自身は、もともとアベノミクスの本丸は「第3の矢」=成長戦略であり、「第1の矢」としての金融緩和は、成長戦略を練り上げるための時間稼ぎだと考えていた。しかし、実際には、十分に時間を稼げただけでなく、円高・株安の是正が実現したことで、安倍首相に内閣支持率上昇という大きなポリティカル・キャピタル(政治資本)を与えることができた。TPPへの交渉参加に際して、自民党内の反対が予想外におとなしかったのも、高い支持率を誇る首相に表立って反対しにくかったという事情があるのだろう。さらに、近く行われる参院選において与党が過半数を確保することができれば、首相は今後の政策遂行にかなりの自由度を持つこととなる。

4. アベノミクス成否の鍵

以上を踏まえると、アベノミクスの成否を考える上で最大の注目点は、このポリティカル・キャピタルを安倍首相がどういう方向に使おうとするかにあると考えられる。筆者としては、首相がそれを構造改革の推進に使うことを切に望みたい。今後の成長戦略の柱は、言うまでもなく目標数字を並べ立てることではなく、規制緩和の断行にあり、その中心は農業や雇用、医療・介護などの分野となろう。これらの分野の規制は、しばしば「岩盤規制」と呼ばれるが、それは政治的抵抗が極めて強く、規制改革に大きな政治力を必要とすることを意味している。それだけに、首相がこれまでに蓄えたポリティカル・キャピタルをフルに活かして岩盤に穴を穿った時、初めてアベノミクスが本当の日本経済再生に繋がる道筋が拓けて来よう。

逆に、経済の観点から一番心配なのは、首相が参院選後、憲法改正などの保守路線推進にそのポリティカル・キャピタルを用いようとすることである。そうなれば、株価下落や長期金利の急騰といった形で市場の反乱を招く恐れがある。実は、金融市場では成長戦略が不十分にとどまるリスクへの懸念がずっと底流していた。5月下旬からの市場の調整は、何と言っても上げ過ぎの反動が最大の理由だと思うが、米国金融緩和縮小観測に加え、このリスクが少なからず影響したものと見られる(実際、成長戦略発表のタイミングが下げ相場に繋がった)。

しかし、考えてみれば、こうした動きを安倍首相が市場の警告と受け止め、改めて構造改革推進への決意を固めるのであれば、先の調整もアベノミクスの今後にとって、むしろプラスの要因となり得る。結局、アベノミクスの成否の鍵を握っているのは、当然ではあるが、黒田日銀総裁ではなく安倍首相自身なのである。

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。 日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。