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知の構造改革の担い手としての実践知リーダー

2012年3月29日(木曜日)

1.コダックにおける「失敗の本質」と教訓

かねてから経営危機に陥っていたイーストマン・コダックが、1月19日、米連邦破産法11条の適用を申請しました。1880年に創業された老舗企業コダックは、なぜ破たんしたのでしょうか? 私は、コダックの失敗の本質は、特許のような過去の知的資産を守る一方で、新しい知的資産を創造して蓄積していく「知の構造改革」ができなかったことにあると考えています(*1)

コダックと同じように銀塩フィルムを事業の中心に据えていた富士写真フイルムは、富士フイルムホールディングスとなり、ドキュメント、イメージング、インフォメーションという3つのソリューション事業のシナジー効果を生み出すことによって成長を続けてきました。富士フイルムは、銀塩フィルムで培った技術を守るだけでなく、デジタルカメラや医療など、新しい分野にも積極的に進出してきたのです。富士フイルムは攻めの知の構造改革を成し遂げたのに対して、コダックは知の防御戦略をとって失敗したと言えるでしょう。

エコノミスト誌は、コダックの経営破たんについて、「驚いたことに、コダックは変化に抵抗する紋切り型の日本企業のように行動し、富士フイルムは柔軟な米国企業のように行動した」と評しました(*2)。この評価が妥当かどうかは別として、コダックの失敗は、多くの日本企業にとって他人事ではありません。知の構造改革ができなければ、日本の大企業もいずれ破たんすることになるでしょう。

2.知の構造改革の必要性

知の構造改革とは、まず第一に、社内の知的資源の構造を改革することを意味しています。創業当初は攻撃的だった企業も、成功して大企業になると、どうしても防御的になってしまいます。リスクをとって現場に出て新しい知識を創造しようという社員よりも、既存の知識を集約したり分析したりして立派な資料を作るのが上手な社員が増えてきます。いま多くの日本の大企業は、分析過多に陥ってしまい、個々の事業の短期的な利益を追求するあまり、事業間のシナジーを生み出したり新しいビジネスに挑戦したりしようという動きが少なくなっていますが、まず、そのような知の構造を改革する必要があります。

そして、知の構造改革は、新しい知識を創造することで、新しい価値を生み出し、新しい事業を作り出していくことも意味しています。個々の事業の魅力を分析し、魅力の低い事業を切り出して成長分野の事業に投資することによって、短期的には事業の構造改革を実施することができるかもしれません。実際、これまで多くの企業は「選択と集中」という名の下に、そのようなリストラクチャリングを行ってきました。しかし、単純に事業を切り貼りするだけでは、自ら未来を創造して継続的な成長を実現することは望めません。自律的かつ継 続的な成長のためには、社員自らが自分たちの思いを実現していく知識創造のプロセスを通じて新しい事業をダイナミックに創造するという「知識創造に基づいた事業の構造改革」も必要不可欠なのです。

3.境界を越えて新しい事業を創造する実践知リーダー

知の構造改革を実践するためには、既存の事業分野や市場、知的領域を超え、異なる領域の間に新しい関係性を見つけ出し、領域の境界を越えて行動するようなリーダーが必要です。私たちは、異なる領域の境界を越える存在を「バウンダリー・オブジェクト」と呼び、バウンダリー・オブジェクトこそがイノベーションを生み出すと主張しています(*3)。バウンダリー・オブジェクトは、異なるコミュニティやシステムなどの境界に存在するコンセプトやプロジェクトであり、コミュニティ同士をつなぎ、新たなコミュニティを形成する役割を担っています。そして、私たちが以前から提唱している実践知リーダーも、既存の領域を超えて新しい関係性をデザインし、新しいビジネスを作り上げていくバウンダリー・オブジェクトです。

実践知リーダーとは、一言で言えば、「共通善の価値判断をもって、その都度の文脈で最適な判断・行為ができる実践知を持つリーダー」のことです。実践知リーダーは、重層的な場におけるSECIモデル(*4)の実践を通じて、境界を超えて新しい関係性を作り上げ、新しい知識の流れを収益の流れに変換し、事業を創生していきます(【図】参照)。言い換えれば、実践知リーダーこそが、攻めの知の構造改革の主役であり、担い手なのです。不採算事業の整理や成長分野への投資といった施策とともに、実践知リーダーを育成して知の構造改革を行うことができなければ、自律的かつ持続的な成長を実現することはできないのです。

【図】事業創生モデル 【図】事業創生モデル

注釈

(1) : この点について、日経ビジネスONLINEのインタビュー記事(2012年1月27日)で少し詳しく説明しています。「コダック経営破たんに見る生き残りの法則」

(2) : “Surprisingly, Kodak acted like a stereotypical change-resistant Japanese firm, while Fujifilm acted like a flexible American one”.

(3) : 【参考】野中郁次郎・紺野登「知識創造経営のプリンシプル」(東洋経済新報社)

(4) : SECIモデルとは、知識には暗黙知と形式知の2つがあり、それを個人・集団・組織の間で、相互に絶え間なく変換・移転することによって新たな知識が創造されると考える、暗黙知と形式知の交換と知識移転のプロセスを示すモデル。
個人が持つ暗黙的な知識は、「共同化」(Socialization)、「表出化」(Externalization)、「連結化」(Combination)、「内面化」(Internalization)という4つの変換プロセスを経て集団や組織の共有知識となる。

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野中 郁次郎

野中 郁次郎(のなか いくじろう)
(株)富士通総研 経済研究所 理事長、実践知研究センター長
一橋大学名誉教授、クレアモント大学大学院ドラッカー・スクール名誉スカラー
【略歴】
早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院(バークレー校)にて博士号(Ph.D)を取得。2008年5月のウォールストリートジャーナルでは、「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」に選ばれる。
【執筆活動】
『知識創造経営のプリンシプル』(共著)2012年 東洋経済新報社、『流れを経営する』(共著)2010年 東洋経済新報社、『イノベーションの知恵』(共著)2010年 日経BP社、その他多数