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持続可能な革新共同体を創る

~野中郁次郎経済研究所理事長のハルピン工業大学での講演より~

2011年7月19日(火曜日)

当社経済研究所理事長・実践知研究センター長の野中郁次郎(一橋大学名誉教授)は、ハーバードビジネスレビュー5月号に掲載された“The Wise Leader”(Nonaka and Takeuchi 2011)をもとに、ハルピン工業大学のビジネススクールにて講演を行った。中国の古典である孔子、老子、また毛沢東の思想などを織り交ぜながら、理論について参加者らと議論を行った。本論はその内容をまとめたものである。

なお、その様子は、ハルピン工業大学のホームページ(中国語)でも紹介された。

【ハルピン工業大学副学長との対談】

【ハルピン工業大学での講演の様子】

ナレッジを磨いてウィズダムにするリーダーシップとは何か

企業は、単に利益を追求するマシン(機械)ではない。企業の持つ役割の1つには、知識を創造し、「ナレッジ・クリエイティング・コミュニティ」として存在し続けるということが挙げられる。では、ナレッジ・クリエイティング・コミュニティとなるために、組織の中に存在するナレッジを磨き、それをウィズダムとして蓄積させることができるリーダーシップというのは何だろうか? また、それに求められる要件や、資質は何だろうか?

ピーター・ドラッカーは、経営のコンセプトをいくつも生み出したが、その中でわれわれが最も関心を持っているのが、知識社会(ナレッジ・ソサエティ)というコンセプトである。ここで重要なのは、「知識社会を創りたいのだが、社会の中に介在しているナレッジというのはよくわからない資源だ」ということである。彼は、知識を富の中心過程に据えるような経済理論が欲しい、と言っていた。そこで、われわれは、「いかにして知識を個人ではなく組織的に創るか」、「知識創造企業とは何か」を明らかにすることを目指して研究を続けてきた。

では、知識社会の中心になる知識とは何だろうか?

知識は客観ではなくて主観から始動する。われわれの理論では、「自分たちの信念や思いを、真理に向かって実現するプロセス、これこそがナレッジなのだ」と考えている。自分たちの思いを真理に向かって社会的に正当化していくダイナミックなプロセスは、組織の戦略の根幹をなしている。戦略の役割は未来を創ること、それはまさしくイノベーションそのものである。

これまでの経済理論は新古典派が中心で、いわゆる完全情報の仮説の上で、一人ひとりが、あるいは企業が、利益を市場が最大化しようとすると、結果として均衡が生み出されるという仮説である。経営学者であるマイケル・ポーター(ハーバード大学ビジネススクール教授)も、基本的にはそのような考え方に立っていた。

しかし、われわれが参考にするのは、オーストリア学派のハイエクである。彼が強調したのは、新古典派が言うような完全情報に基づいた均衡は無いのではないか、ということである。市場は一般化、コード化、体系化できないような、取引困難な暗黙的な知識が埋め込まれている場ではないか。彼は、市場は単なる競争を超えて新しい知識の発見の場であることを示唆した。

知識は、単にそこにある物的な資源ではなく、人が他者あるいは環境との関係性、文脈の中で主体的に作り出すものである。その時の状況や、知識を使う人の特質、思い、主観、理想、感情によって、意味や価値が違ってくるダイナミックな資源である。

知識創造のスパイラル

ここで重要なコンセプトが「コンテクスト(文脈)」である。それは、ある言葉が置かれた状況との関係性である。物事やデータの意味も、周りとその関係や環境を知ることによって初めて解釈できるものである。従って、ハイエクも指摘したのが、一般的法則の知識では捉え切れない時と場所とそれぞれ特殊な状況において存在する、Context specificな知識が重要であるということだが、われわれの研究も、これと同じ立場に立っている。

簡単に言えば、知識創造とは、文脈に依存する暗黙知と普遍を追求する形式知との相互変換プロセスである。どちらかと言えば、伝統的に、西洋哲学は形式知に偏っている。認知科学においても、身体を否定し、マインドが理性を通じて唯一真理に到達するという考え方が強い。われわれが東洋から世界に発信したいのは、身体、経験として持っている知識、つまり暗黙知があるという主張である。暗黙知と形式知のスパイラルアップでは、マインドに加えて身体も重要である。知覚や経験は、言語表現よりも豊かである。言葉も経験を超えた創造的な意味を作り出す力がある。経験と言語は循環しながら相乗的な関係にある。トヨタのトップマネジメントは、「トヨタ経営の本質は、暗黙知と形式知のスパイラルアップの仕組みにある」と言っている。

スパイラルアップのプロセスは、理論化しなければならない。そこで考えたのが、SECIモデルである。ところで、私の愛読書の中には、毛沢東の『実践論』と『矛盾論』がある。SECIモデルの考え方においては、理論と実践の弁証法を重視しており、これは毛沢東の理論とも共通する部分もあると思っている。

実践知リーダーシップの重要性

様々な研究を経て、われわれは、「SECIスパイラルを促進するのは、最終的にはリーダーシップだ」という考え方に到達した。イノベーション理論においてはシュンペーターが代表的だが、彼の理論では、資源のコンビネーションに力点が置かれており、暗黙知があまり考慮されていない。また、シュンペーターは、個人(起業家)を対象としているが、われわれの理論では、イノベーションには組織的イノベーションがあり、個人ではなく組織の中で自律分散的なイノベーションシステムを作ることが21世紀の課題であると考えている。

われわれは、そういうリーダーシップがどういう行動をとるのかということについて、10年ほど考えてきた。最近、同僚の竹内(現・ハーバード大学教授)とともに、ハーバードビジネスレビューの5月号に“The Wise Leader”という論文を発表した。

では、Wise Leaderはどのように行動をするのだろうか?

日本企業のリーダーを例に用いながら説明したい。ここでのキーコンセプトは、「フロネシス(賢慮=Prudenceないし実践知=practical wisdom)」というアリストテレスが提唱した概念である。これは、リーダーが「何が社会のためのGoodか」というCommon good(共通善)の哲学を持ちながら、個別具体の文脈ごとにダイナミックに動いている中で、適切なジャッジメント(判断)が出来るということである。動きの只中で最善の判断をすること、これがマネジメントの究極である。とりわけ、これまでのマネジメントは、ディシジョン(決定)が中心の概念であった。例えば、サイモンが挙げられる。彼は、「ディシジョンは、情報処理の最終行為である」と考えていた。ディシジョンの前提には2つあり、1つは価値前提であるが、こちらは人それぞれで異なっており、科学的に分析できない。もう1つは、データベースの事実前提である。サイモンはデータベースに基づいた意思決定だけを、組織の中核に据えたのである。一方で、ジャッジメントは、ディシジョンの背景にある見えない関係性を見なければならない。そういう意味で、ジャッジメントが意思決定の中核であると言える。最近では、オバマ大統領がジャッジメントという言葉を用いてスピーチしており、また、米国では、“Practical Wisdom”という本も出版されている。

フロネシスは、実践知であり、これを持っているリーダーを実践知ないし賢慮型リーダーという。この実践知リーダーというコンセプトは、孔子や老子を含めた中国の古典や、日本の武士道と共通項がある。

Wise Leader(実践知リーダー)の6能力

では、具体的には、リーダーのどのような行動パターンを以てワイズ・リーダーといえるのだろうか?

われわれは、6つの特徴を挙げたい。すなわち、

  • (1)何がGoodnessかの哲学を持っているかどうか
  • (2)コンテクストを共有する場をつくることができるかどうか
  • (3)個別具体の事象の背後にある本質をつかむことができるかどうか
  • (4)その本質を言葉にすることができるかどうか
  • (5)言葉にしたことを政治力を駆使して実現することができるかどうか
  • 最終的に(6)フロネシスを全員で共有し、育成することができるかどうか

である。ここで挙げた資質は、同時に、イノベーションのリーダー、トップリーダー、プロジェクトリーダー、プロデューサータイプのリーダー、すべてに当てはまる共通項であると考えている。

それぞれ説明しよう。(1)でまず挙げたいのは、本田宗一郎である。彼は、顧客にいかなる価値を提供するかについて徹底的にこだわった哲学について言及した。

(2)では、いかに他者とコンテクストを共有するか、が重要である。これが場である。暗黙知は主観的であるが、主観が主観で止まる限りは真理に至らない。一人ひとりの主観をみんなの主観にしたい。これをインターサブジェクティビティ(相互主観性)と言っているが、このみんなの主観を作ることによって、より客観、より多様となり真理に至る。これをいかにスピーディに実行するかが企業にとっては鍵である。インターサブジェクティビティについては、ミラーニューロンの発見によって様々に検証されており、相手と同じ動きをすることによって、相手の意図がわかるということが解っている。つまり、Socializationが重要だということである。

ホンダで重要な場として、「ワイガヤ」が挙げられる。新製品を開発する際には、必ずこれを実施する。また、アップルのスティーブ・ジョブズは、「アイデアが浮かんだら時間は問わない、議論しようじゃないか」ということを言っている。彼が理想とする組織は、アイデアが浮かんだりコンテクストが思いついたりした時は、いつであろうとすぐ集まって議論し、インターサブジェクティビティを確立するということである。

(3)で重要なことは、ミクロを知るということである。現場に行く。背後にあるちょっとした変化や大きな変化に繋がることを洞察する能力、これが重要である。

毛沢東は「実事求是」という思想を打ち出したが、これは非常に重要なコンセプトであると思っている。また、本田宗一郎は、自らがライダーと目線を合わせ、地面を触れ、エンジン音を聞く。全五感を駆使して感じ取っていた。相手の視点に立っていると、仮説が生まれてくるのである。

(4)は、物事の背後にある本質を概念化するという能力である。本田宗一郎は、気づいたその場で対話をしていた。また、アップルが開発したiPodで革新的なのはモノづくりではない。あれは、プロセス、つまりコトづくりである。スティーブ・ジョブズは、常にコトで世界を捉えている。重要なのはコトであり、経験である。

(5)で重要なのは、やりぬく力である。特に、言葉である。本田宗一郎もスティーブ・ジョブズも、反対派を納得させるレトリックは、極めて優れている。いま日本は元気がない。中国は元気がある。なぜか? 中国の政治家に比べ、日本の政治家にはレトリックが無いからである。

(6)は、これまで述べた5つの能力を全員で共有する、ということである。個人のフロネシスを組織のフロネシスにする、ということが重要である。最近では、アジャイル・スクラムと言うソフトウェアの開発手法があるが、これはサイロになって分断された開発体制とは異なり、それぞれの専門を持ちながら、全員がスクラムを組んで走る。

今後の方向性:知識創造理論のさらなる発展

「知識創造企業」が出版されてから20年近くが経過した。当時、われわれは新しい理論を提唱したつもりだが、そのコンセプトが米国に渡り、創造性やイノベーションということよりも、どちらかといえば、マネジメントのやり方、いわゆるナレッジマネジメントという形で、いかに知を効率的に使うかという話になってしまった。最近になって、再びイノベーションが注目され、その背景の中で、知識創造が、効率中心の議論からクリエイティブネス(創造性)中心となり、今はいかに両者をバランスさせるかという方向に動いていると感じている。

今、われわれが考えている将来の研究の方向は、リーダーシップの問題である。知識創造理論をナレッジからウィズダムへと進化させ、そして知識創造理論をソーシャル・イノベーションという形にどのように展開するかという研究を行っている。米国でもリーマンショック以来、ソーシャルへの関心が高まっており、これが今後大きな課題になるのではないかと思っている。

(編集:実践知研究センター

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富士通総研には産業系シンクタンクとしての長年に渡る調査・研究・分析の実績があります。さらに、コンサルティング・サービスを通して培ったノウハウで「お客さまの現場で役立つリサーチ・サービス」を実現してきました。


野中 郁次郎

野中 郁次郎(のなか いくじろう)
(株)富士通総研 経済研究所 理事長、実践知研究センター長
一橋大学名誉教授、クレアモント大学大学院ドラッカー・スクール名誉スカラー
【略歴】
早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院(バークレー校)にて博士号(Ph.D)を取得。2008年5月のウォールストリートジャーナルでは、「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」に選ばれる。
【執筆活動】
『流れを経営する』(共著)2010年 東洋経済新報社、『イノベーションの知恵』(共著) 2010年 日経BP社、その他多数