オバマ新大統領が、一般教書に続き2010財政年度(2009年10月~2010年9月)予算教書を2月26日に発表した。両教書の中で、オバマは内政上の公約として次の3つを掲げている。
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【図表1】は、オバマが直面している医療改革のパラドクスを示している。米国の医療費(介護費も含む)は、名目GDP成長率を常に上回るスピードで増え続けており、2008年には2兆3,786億ドルと名目GDPに占める割合が16.6%になった見込みである。これは、医療が経済成長のエンジンであり、新規雇用創造の源であることを示している。
ちなみに、1999年末に1億3,053万人であった米国の非農業雇用者数は、2008年末1億3,518万人と9年間で465万人増加した。一方、同期間に医療産業の雇用者数は1,076万人から1,348万人に272万人増加、新規雇用の58%を占めている。つまり、医療産業が景気変動に左右されることなく新規雇用を生み出しているのである。このことは、2008年の雇用動向を月次ベースで見ることで、より鮮明になる。医療以外の民間雇用者数が1年間で350万人減少する中で、医療産業の雇用は毎月増え続け、36万人の純増であった。雇用が増えれば税収が増え、失業保険給付が減少する。これが連邦政府財政の黒字要因となる医療費増加のプラス面である。
しかしながら、医療費増加には連邦政府財政の赤字要因となるマイナス面もあり、それがオバマに医療制度の抜本改革を迫っている。すなわち、連邦政府財政の枠組みを2007財政年度のデータで見ると、歳出額合計2兆7,302億ドルのうち医療費は7,168億ドルであり、国防費5,526億ドルを上回る最大の歳出項目になっている。
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【図表2】が、この連邦政府が負担している医療費7,168億ドルの内訳を示している。これらの医療費項目のうち財政赤字拡大要因となっているのは、メディケア・パートB(障害者と65歳以上高齢者が被保険者である公的医療保険の医師報酬)、メディケア・パートD(同処方薬費)、メディケイド(貧困者医療保険)である。メディケアの支出削減のためには、1人あたり医療費の伸び率を抑制する努力が必要であり、メディケイドの支出削減には、貧困者の数そのものを減らさねばならない。
米国の医療保険制度は、64歳以下の現役世代は原則民間医療保険、65歳以上の高齢者は原則公的医療保険(メディケア)と公・民ミックスの仕組みを採用している。そして、収入も資産もない貧困者に対してはメディケイドが医療給付を行っている。米国の医療保険制度の最大の欠陥は、人口の15.8%を占める4,700万人もの医療保険未加入者が生まれていることにある。
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医療保険未加入者は18歳から54歳の働き盛りの年齢層に集中している。一方、【図表3】の通り、世帯収入レベル別に医療保険未加入割合を見ると、2万5千ドル以上5万ドル未満の世帯で21.1%、5万ドル以上7万5千ドル未満の世帯で14.4%である。これは、中小零細雇用主が従業員に医療保険を提供していないことが主因である。さらに、世帯収入が7万5千ドルを超える1億983万人のうち8.5%にあたる928万人が医療保険未加入者になっている。これらの人々は、民間医療保険を購入する資力がありながら自己判断で加入していないのである。
しかしながら、このような医療保険未加入者たちは、命に関わる急病になれば病院に行って治療を受けるし、病院側は拒否することはできない。退院時に資力に応じて医療費を支払う交渉を病院側とすることになるが、しばしば不良債権化する。これは、従業員に医療保険を提供しない中小零細雇用主や資力がありながら医療保険に加入しない者が医療制度にただ乗りしていることを意味する。
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したがって、医療改革で最初にターゲットになるのはこの医療のフリーライダーたちであり、彼らに応分の負担をさせることが重要である。そのための具体的仕組みを初めて提示したのが、1994年のクリントン大統領による医療改革案である。【図表4】は、クリントンが提唱した医療システムの概念図であり、その特徴は次の2点に集約される。
このクリントンの医療改革は、1994年の連邦議会で十分に審議されることなく敗れ去った。その理由と15年後の2009年までに起きた構造変化を示せば次の通りである。
したがって、オバマが抜本的な医療改革を断行し、皆保険制度に近い仕組みを構築することは不可能ではないように思われる。オバマは、医療改革に必要な財源を医療の効率化と高所得者への税優遇廃止で6,338億ドル捻出すると宣言している。オバマのリーダーシップが医療改革で存分に発揮されることを期待して止まない。
松山 幸弘(まつやま ゆきひろ)
(株)富士通総研 経済研究所 客員研究員
東京大学卒。経済学博士。医療経済の専門家。厚労省・総務省等の各種委員を務める。千葉商科大学客員教授。総合病院国保旭中央病院顧問。