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Japan

地域の持続的発展を支えるリスクマネジメント

2008年4月1日(火曜日)

1.はじめに

災害や事故により,一つの企業が被った被害が取引先へ連鎖的に広がり,多大な損失となる事例が最近多くみられるようになった。部品メーカーの操業停止が組立メーカー全ての操業停止を引き起こし,結果的に関連する部品メーカー全体が連鎖的に生産休止に追い込まれたとか,原料メーカーの操業停止が幅広い分野に影響を及ぼし,製品の輸出削減や生産調整に追い込まれたなどの例がある。企業活動は,企業と顧客,企業と取引先などとの関係を抜きにしては成立しないものであり,重要事業の継続を考える上では,重要顧客との関係や社会的影響,取引先(サプライヤー)への依存度など,企業をとりまく社会との関係を考慮することが不可欠である。

一方,大規模地震などで地域社会全体が大きなダメージを受けた場合,企業活動の迅速な回復が地域全体の復興に不可欠な要素となる。地域においては,自治体が策定する地域防災計画あるいは医療,報道,インフラ企業など関係機関も一体となった取り組みがみられ,地域住民の生命の安全確保に対する対策は進んでいる。 しかし,地域企業の早期復旧対策の強化は大きな課題と考える。地域企業被災による経済活動の衰退は,住民の生活レベルの低下に直結するからである。

本稿では,企業における事業継続マネジメント(BCM)の取り組みを,地域経済を守るための自助,公助,共助へと展開することを提言する。個別企業のBCMである「自助」,行政や地域インフラ企業のBCMである「公助」,そして地域の優先事業に共通資源を再配分する全体最適化としての「共助」により,地域の高い復旧能力を実現し,経済活動拠点としての競争力の強化を図るというものである。

2.企業における事業継続マネジメントの取り組み

企業における事業継続マネジメントにおいては,次の三つの見える化が重要なポイントとなる。

(1) 当該企業における重要業務の見える化:重要顧客との関係や業務停止の社会的影響などに基づき重要性を明らかにする。

(2) 守るべき対象事業の構造の見える化:商品・サービスと,それらを作り出すための業務プロセス,自社&外部のリソースといった要素の依存関係を明らかにする。

(3) 外部依存性の見える化:重要業務を支える外部のリソースとして,サプライヤーなどの取引先の状況を明らかにする。

3.地域経済の災害リスク対応の現状

次に,地域における災害リスクへの対応の現状について述べてみたい。地域企業活動の早期復旧に向けては,様々な取り組み主体がそれぞれの立場を生かした取り組みを行っていく必要がある。国・自治体・警察・消防などの行政機関には,制度化・指針・情報提供を行うことが期待される。電力・ガス・水道・通信・交通などの地域インフラ企業には,災害発生時にもサービス供給が止まらないための対策強化が求められる。地方銀行・信用金庫などの金融機関は,災害対策を対象とした特別融資の提供を期待したい。また,経済同友会・商工会議所などの経済団体においては,セミナー開催や情報共有といった役割を担うべきである。

行政機関の支援としては,まずBCP策定に向けたガイドライン提供などが挙げられる。例えば,徳島県では企業防災ガイドラインとして,地域の企業に向けてBCPの作成・運用に向けた取り組みの解説書を公開している。この解説書は,基礎になる防災対策の実施から始めて,簡略BCPの策定,本格的なBCPへとステップアップしていく方式で,中小企業でも取り組みやすいものとなっている。

制度面での支援策に踏み込んだ例としては,韓国の事例がある。政府主導で民間企業への具体的な支援策を打ち出したもので,「災害軽減のための企業の自律活動支援に関する法律(2007年7月制定)」,「同施行令(2008年1月制定)」といった法令が制定されている。これらは,災難管理標準審議委員会による災害軽減優秀企業の認証と,認証された優秀企業への支援措置の実施を定めた法令である。支援措置には、保険料割引・災害軽減設備基金の設置に加え、災害軽減対策費用に関わる減税措置も含まれている。

金融機関の支援としては,災害対策への特別融資がある。地方銀行の取り組みとしては,滋賀銀行や名古屋銀行が,地域の企業を対象に災害対策への特別融資を行う取り組みを始めている。地方銀行が地域の企業に対して事業継続の対策の進展具合に関するアセスメントを行い,その診断結果に応じた対策を推奨する。地域企業がその対策案を採用すると,優遇金利による整備資金の貸付を行う取り組みである。富士通も地方銀行に対するアセスメントに関するノウハウの提供,地域の企業に対する対策ソリューションの提供などを通じて,この取組みに参画している。

4.自助+公助+経済活動の共助へ

わが国が近年経験した阪神淡路大震災,新潟県中越地震,新潟県中越沖地震において,企業活動の中断の長期化を招いた要因を分析してみると,次のような事項が挙げられる。

・電力・ガス・水道供給停止による工場稼働停止

・交通規制による物流の停止

・電力の供給停止による情報システムの停止

・ネットワークの中断によるコミュニケーションの途絶

・オフィス・重要拠点への立ち入り禁止による業務停止など

このように,企業単独では解決できない「地域で共有する経営資源」が経済活動復旧のボトルネックとなっている。共有する経営資源には,行政サービス・電気・ガス・水道・交通・通信・港湾といった社会インフラ資源と,土地・水源・河川・空気・自然といった環境資源がある。

企業活動の継続的な発展のためには,企業内及び企業外の経営資源を、企業活動の内容や規模に合わせて調達・利用することが必要である。また,被災時には,被災により減少した経営資源を経済活動の早期再開のための優先事業に再配分することにより、経済活動の早期復旧が図れる。一方で,社会インフラや環境資源といった地域の企業が共有する経営資源については,地域経済全体を見渡す視野で優先付けを行い,最適な再配分を行うことが必要となる。

個別の企業が自らの人・モノ・金・情報といった経営資源を守る「自助」,国・自治体,地域インフラ企業による共通インフラや環境資源を維持する「公助」に対し,経済活動の早期再開のための優先事業に再配分する全体最適化が「共助」と位置付けることができる。

5.米国CEAS: Corporate Emergency Access System

地域において,行政の緊急対応と民間企業のBCPが連動して災害対応に取り組む事例として,米国のCEAS: Corporate Emergency Access System がある。CEASは,米国連邦緊急事態管理局(FEMA)とニューヨーク市が1999年に共同設立したNPOであるBusiness Network of Emergency Resources, Inc. (BNET)が運営する立ち入り禁止区域の設定と,当該地域へのアクセス制御のための仕組みである。

企業は事前に自社の災害対応要員をCEASに登録し,その要員に対する証明カードの発行を受けておく。災害時にカード提示すれば立ち入り禁止区域のオフィスへのアクセスが可能となるが,Level C,Dの状況下では,優先的な立ち入りが必要と認定された企業、また国家基盤保護センター(NIPC)ガイドラインに基づいた企業のみが立ち入りを許可される。

Level X: 完全立入禁止
Level D: 緊急時対応に関わる企業のみ許可
Level C: 公益性の高い企業のみ許可
Level B: 全企業、必要最低限の要員のみ許可
Level A: 全企業許可(車両制限あり)

6.経済活動の共助実現のアクション

共助実現に向けて,まずは経済活動の三つの見える化が必要である。

(1) 主要事業活動停止時の地域経済への影響の見える化:その地域においてどの事業が重要であるかを明らかにする。

(2) 重要事業のサプライチェーンの見える化:重要事業がどのような取引関係を持っているかの構造を明らかにする。

(3) 重要事業を支える共通経営資源の見える化:復旧時にボトルネックとなる資源をあきらかにする。

次に,取引先企業間や企業と行政間など様々な主体間でBCPを連携させていく必要がある。BCPを相互に公開したうえで対応計画の整合をとる,あるいは合同で訓練を実施するなどの連携を図るものである。共通資源利用の優先順位についても事前に検討しておく必要がある。

さらに,共助の枠組みを強化・拡大する施策として,関係者の協議の場としての会議体設置や,連携手法や重要資源への優先対策などの制度化,被災時相互支援協定の実現などを,行政と企業が一体となって推進していくことが望まれる。

7.むすび

地域の持続的な発展に向けては,経済成長とリスク対応のバランスを保った取り組みが重要である。すなわち,産業の高度化と集積・育成による経済成長を実現しながら,自助・公助・共助による地域の復旧能力を向上させることである。これらは相反するものではなく,高度な産業の集積には、高い地域復旧能力の整備が必要という依存関係にある。少しでも早い取り組みが、経済活動拠点としての地域競争力の強化に結びつくと確信する。

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【事業継続BCM】


平田副社長顔写真

平田 宏通(ひらた ひろみち)
株式会社富士通総研 代表取締役副社長
慶応義塾大学商学部卒。1969年富士通ファコム株式会社入社、71年富士通株式会社へ転社。その後、富士通株式会社システム本部長代理、Fujitsu Services Holdings PLC Board Director、富士通株式会社経営執行役(兼)共通技術本部長、同経営執行役上席常務を経て、2007年6月より現職。