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Japan

宴の終わり~サブプライムローン問題の意味~

2007年9月10日(月曜日)

急変する世界経済

つい一ヶ月前まで日本経済の先行きについては楽観論一色であった。多くのエコノミストは2008年末まで現在の好況、といっても実質で2%程度の成長だが、が続くと主張していた。すでに2002年2月から始まった今回の景気拡大は昨年10月に57ヶ月と戦後最長の長さを更新していたから、超長期の景気拡大になるものと予想されていた。国際機関も概ねそのような見通しを発表していた。たとえば7月25日に発表されたIMFの最新予測では日本の2007年、8年の成長率は2.6%、2.0%と、4月の見通しを上方修正したほどである。その中で筆者のみは2007年には景気循環は下降局面に入ると見ていたが、かかる主張は少数説であった。

状況は8月に入って急速に変わった。米国のサブプライムローン(低所得者向け住宅ローン)問題が予想外にも世界的な広がりを持つものであることが次第にはっきりしてきたからである。この問題はなにも突然発覚したわけではない。小生が記憶しているだけでも、本年3月頃は一部のローンに焦げ付きが発生しているという報道はあった。もともとサブプライムローンは危険度が高く、金融が引き締められれば焦げ付きが発生するリスクの高いものであり、それゆえ昨年以来の金利上昇の結果、多少のデフォールトは避けられないものであった。むしろそれによって行過ぎた貸付が抑えられるほうが米国経済の長期的成長のためには良い、とすら思われていた。米国の住宅ローンに占めるサブプライムローンは一割程度、そのなかでも焦げ付き高々一割であるから、米国経済全体を揺るがすようなことにはならない、と専門家も甘く見ていた。

それが7月に入って、複数のプライベート・ファンドがサブプライムローンの焦げ付きから倒産し、8月になるとヨーロッパの有力銀行傘下のファンドが倒産に追い込まれ、親元の銀行の信用度すら懸念されるようになり、にわかに危険な状態になった。日、米、ヨーロッパの中央銀行が一斉に市場に資金を大量供給することにより、倒産の連鎖は止まったが、いつまた次ぎの倒産が明るみに出るかわからない状態である。

サブプライムローンの危険性

この問題は金余りの世界経済の奥に潜んでいる問題の氷山の一角である。金融工学が進み複雑な金融商品が出回り、リスクの所在がわからなくなり、問題の全貌が見えなくなっている。もともとはただの住宅ローンだから話はきわめて単純なはずだ。銀行の融資担当者が住宅を買いたい消費者と何回も面談し、相手の収入、勤務先、家庭状況から生活ぶりなど、相手の氏素性をよく吟味し、信用できるかどうか判断し、返済能力に見合った額の金額や返済計画を相談して決める。このような融資担当者の審査があるから、それほどリスクの高い融資は行われない。またいったん融資が行われれば銀行は全額返済されるまで債権を保有し、問題が生じれば、相手と協議をし、解決策を探る。

このような伝統的な住宅ローンは米国ではなくなってしまったようだ。住宅ローン会社は金のかかる個別審査はやらず、その債権を専門の金融機関に売って早々と現金を回収してしまう。この金融機関はもろもろの債権を集めて束ねたり、切り分けたりして異なるリスクの証券に組み立てなおし、それをさらに市場で売却するのだが、その過程で金融工学の知識がフルに活用される。買うのはリスクテーキングするファンドや個人投資家だが、時には年金基金などもあるようだ。買ったファンドはもともとの債務者がどこの誰か、どの程度の信用度のものかなど、知る由もないから、たた不安におののくばかりだ。

問題を悪化させた犯人とされ、世の中の批判を浴びているのはS&Pやムーデイといった格付け会社だ。このような格付け会社はもともと債権の信用度を判定しAAAとかAbbなどランク付けして、投資家の参考に資するのが本来の仕事であるが、サブプライムローンを組み込んだ新しい金融商品のリスク度もランク付けするようになった。とはいえ、借り手が誰かもわからないような証券の格付けなど無理であり、相当いい加減なことをやったに違いない。そしてこれを信用して購入した人たちが、大損しているのである。当然のことながら訴訟が頻発している。

放置できなくなった二つの過剰

本来それほどの大事ではないはずのサブプライムローン問題がかくも深刻な問題となった背景は二つの行き過ぎである。ひとつは世界的な金余りだ。中東やロシアのオイルマネー、中国の経常収支の黒字、そして日本の低金利が過剰なマネーの供給源だが、金が余れば投資家のリスクに対する警戒心は緩んでしまう。かつては安全運用することで知られていた年金基金ですらこのようなサブプライムローンに手を出していた。

もうひとつは極端に進んだ金融工学だ。伝統的な融資は資金の供給者と借り手で人的コンタクトがあり、リスクは個別に管理されていた。金融工学はこのような個別性を捨象し、代わりに数学的あるいは統計的手法を用いてリスク管理をし、価格付けすることにより利益を獲得しようという手法である。このような手法では数多くの事象が予測された範囲内で進行している場合には問題は生じないが、もともと通常の人間には理解できない複雑な手法だから、投資家が想定以上にリスクを感じ、リスク回避の行動に出るようだと、市場は一気に崩壊する。二人のノーベル賞受賞者が始めたプライベート・ファンドであるLTCMが1998年に倒産したのはそのような例だ。

金融当局としては当面投資家の不安をこれ以上拡大させないよう、資金の供給を急速に絞ることは避けるだろう。しかし世界的金余りは放置できないので、当座の混乱が収まったあとには、人民元の引き上げや日本の低金利について圧力を高めてくるのではないか。さらにファンドや格付け企業などにも監視の目を強化し、情報公開を求めていくだろう。

2002年から世界経済は順調に成長してきた。米国の旺盛な消費が推進力となってきたが、米国では家計貯蓄率がマイナス、つまり米国民は収入以上の消費をしてきたわけで、そんなことがいつまでも続くはずはない。米国の下期の成長率は2%を下回るだろう。日本の景気を支えてきた円安も急激に逆転し、株価は下落している。宴は終わりに近づいている。


根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など