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企業における知的財産業務強化の方向性

2006年9月20日(水曜日)

2002年2月の小泉首相施政方針演説により「知財立国」が国家戦略となって以来、知的財産に対する企業の関心は非常に高まった。知的財産戦略に関する書籍が数多く発行され、セミナー等も盛んである。また、いくつかの大学では知的財産に関する専門教育を行う講座が開設されており、就職活動をする学生も知的財産部をはじめから志望することが多くなっている。こうした傾向は、「知的財産ブーム」と呼ばれることもあるが、知識社会となる中で企業が競争優位の源泉を知的財産に求めることは、必然的な流れであると考えられる。

さて、富士通総研は富士通株式会社とともに、本年の2月と4月に企業の企画部門や知的財産部門の管理者等を対象として、「知財戦略セミナー」を開催した。図は、その出席者に対するアンケートの結果で、「企業が知財に関して今後強化すべき点」を、9つの選択肢から複数回答可で選択いただいたものだ。

グラフ

図:企業が知財に関して今後強化すべきと考える点

1.事業の方向性策定への貢献(47.5%)

「事業の方向性策定への貢献」は約半数が選択し、最も多い回答であった。これは、事業の方向性を策定するに当たって、特許など知的財産権の保有状況などを反映させようというものである。例えば、新規事業分野への参入にあたって、当該分野にどのような特許が存在しているかを調査することによって、参入可能か否かの判断や事業パートナー選定の判断材料とすることなどだ。過去に、多くの企業で知的財産部門は経営戦略や事業戦略とは関係が希薄だったが、近年では知的財産部門に戦略的な部分までの協力、支援、あるいは事業戦略との一体化が求められている。

なお、知的財産権の情報(具体的には、特許公報等に記載される情報)を基にした戦略分析を支援するツールが、富士通をはじめとしていくつかのベンダーから提供されている。こうしたツールを使用すると、いわゆる特許マップを多種多様な観点から作成することができ、分析の効率と正確性を高めることができる。例えば、特許の引用件数から特許の重要性を分析したり、時系列で表した発明相互の関連性を表示したり、その時代、時期に発明が解決しようとする課題の傾向を分析することができる。

ただし、ツールはツールにしか過ぎない。最も重要なのは、ツールの活用も含め、事業に貢献するための判断力や情報収集力をもった人材ということになる。つまり、その事業における自社や他社の知的財産の保有状況を把握し、技術のライフサイクルや事業環境から大局的な判断と提言をすることができる人材が鍵である。知的財産活動について高い知識を有する、戦略参謀役あるいは組織を事業や経営の意思決定者の近くに配置することが重要と考えられる。この点、本年6月8日に発表された政府の知的財産戦略本部による「知的財産推進計画2006」は、企業における最高知財責任者(CIPO)等の設置を奨励するとしている。

2.事業の方向性を先取りした権利取得(41.5%)

権利取得は、知的財産に関わる活動の中で最も重要なものの一つだが、多くの企業では出願・取得件数ばかりが重視され、これまではどちらかと言うとノルマ的な出願が行われてきた。そのため、日本の特許には事業で使用されない未利用特許が多いという。近年はこうしたことの反省から、出願の量から質への転換、事業との関係での特許ポートフォリオの構築などが重視される傾向にある。このため、技術分野ごとに特許ポートフォリオを構築、管理する責任者を置き、権利の出願、取得に当たっての方針策定や出願要否の検討に当たらせている企業もある。また、知的財産部、開発部、事業部等からの出席者による組織横断的な委員会を設けて、権利取得の方針や出願の可否を討議するということを行っている企業もある。

さらに、事業の方向性の先取りという点では、新分野への参入、新製品開発の計画段階から、企画部門、開発部門や知的財産部門、さらには、外部の弁理士等を交えて、どのような権利取得が可能か検討を行っているという例もいくつか聞かれる。

このような活動を通じて、これからは、特許の活用をイメージしてターゲットを絞ってメリハリの利いた権利取得するということが、ますます増えてくると考えられる。

3.自社の他社特許侵害の回避(39%)

今後強化すべき項目として、自社製品が他社の特許を侵害することによって、結果的に警告を受けたり、最悪の場合は、事業の差止めを受けたりすることを回避するということが3番に挙げられている。具体的には製品化前のクリアランス調査を徹底的に行うということになるが、他社の権利行使から事業を保護するということは、従来からの知的財産活動の重要な部分であった。近年では海外などのパテントトロールから侵害警告と多額の賠償金支払の要求を受けることが増えているためこれに対する関心が高く、アンケートでもこのように高い結果になったものと思われる。

なお、「自社の他社特許侵害の回避」は、「他社による権利侵害の排除」(23%)と比較すると16ポイントも上回っており、現状では知的財産戦略は他社を訴えるという意味の「攻め」よりも、「守り」が中心にあると言えよう。とくに、事業のシェアが大きい企業ほど、攻め返された場合の被害が大きく、差止めなどの権利行使の手段は採り難いと聞いている。「ライセンス交渉力強化・収入アップ」が14%と低いのも、ライセンスベンチャーなどを除き、一般の事業を行っている企業は知的財産権から直接収入を得ることはあまり重要視しておらず、事業の保護と優位性の確保こそが知的財産活動の目的と考えているからだと見られる。

4.今後の方向性

以上、アンケート結果の傾向から、企業における知的財産強化は、事業戦略、経営戦略へ貢献するための知的財産戦略を担当する人や組織の強化を図る一方、従来も重要と言われてきた知的財産の活動を地道に推進する方向へ進むと考えられる。後者については強い特許網の構築や製品化に伴う知財リスクの排除が、従来からも重要とされてきたが、これまであまり積極的かつ徹底した取組みを実施してこなかった企業が多いものと考えられる。そこで、そのような企業では、本来企業として知的財産活動の中でやるべきとされてきたことを確実に実施することにより、基盤を固めるということが当面の重要ポイントであろう。その一方で、知的財産戦略の経営戦略や事業戦略との一体化という点では、より経営戦略や事業戦略に近いところに知的財産人材を配置して、知的財産の情報をスピーディーに反映させるということが重要と考えられる。

最後に、知財の改革や戦略推進を行ううえで考えなければならないのは、知的財産業務が常に他の部門の業務と密接に関わっているということだ。例えば、「事業の方向性策定への貢献」は、事業企画部門との連携が必要であり、「権利取得」や「侵害回避」は開発部門との関係が深い。そして、知的財産部門はこれらの部門を支援する立場であり、ややもすれば受身の立場である。こうしたことから、知的財産部門単独で、あるいは、知的財産部門が主導して、新しい知的財産部門の役割や戦略を描くことは極めて難しい。このため、経営層が主導して、事業企画部門、研究開発部門、法務部門、情報システム部門等関連の部門を巻き込むことが必須だと考える。


下地 健一(しもじ けんいち)
S&Cコンサルティング事業部シニアコンサルタント
製鉄メーカー、米国系研究開発機関を経て2000年に富士通総研に入社。 製造業、情報・通信業、サービス業などのお客様を中心に、技術に立脚した経営戦略策定、新規事業開発、新技術による市場機会創出のための市場調査・分析など企画立案型のコンサルタントとして活動、現在に至る。
中小企業診断士、富士通コンサルタント認定資格:シニアコンサルタント(経営)、著書:「まるごとわかる最新ドットコムビジネス読本」(技術評論社)、知恵蔵2001~2003「デジタル経済とネットワーク」(朝日新聞社)他