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中国とインド

2006年6月1日(木曜日)

先日OECD鉄鋼委員会に出席するためインドに出張し、そこで多くの発展途上国の鉄鋼関係者と話す機会があった。

対照的なインドと中国の成長戦略

中国とインドの経済統計を見ていて気がついたことがひとつある。道路などのインフラ建設、住宅と生産設備への投資を合わせた粗投資が中国の場合、GDPに対する割合は37%、インドは22%と大きな差がある。この比率は、住宅やインフラ、生産設備が不十分で経済発展の早い段階の国の場合高く、発展とともに徐々に下がっていくと考えられる。日本も60年代は40%近くの時もあったが、現在は23%になっている。現在ドイツは日本と同程度の21%だが、米国は19%、英国は16%と、経済が成熟するに従って下がっていく。

中国は現在、年率10%近い高い成長率で成長している。その成長は主として製造業の成長でもたらされている。製造業は物づくりであるから 当然原材料や製品の輸送のために道路や鉄道が必要になる。また加工、製造するための工場の建屋、設備も必要だし、国民が豊かになれば住宅も建設しなくてはならない。かくして資本形成のGDPに対する割合は高くなる。しかしこのような設備やインフラは一度作ってしまえば何十年も使えるから、その割合は次第に下がっていくであろう。

中国と比べてインドの割合が日本並に低いのは、インドが日本並に成熟した豊かな経済だからではない。インドの経済発展の経路はそれ以前の多くの国と違い、低賃金の単純作業労働者の大量投入による工業化というプロセスを経ていないからである。インドは繊維や雑貨、鉄鋼、家電、自動車などの工業製品の輸出国として世界市場を席捲することなく、いきなりITソフトウェアの大国として世界経済のひのき舞台に登場した。ソフトウェア産業は製造業とは異なり、原材料や製品の輸送という問題は起きない。パソコンの他には通信回線さえあれば事足りる。インフラの必要はない。後は優れたプログラマーがいれば世界市場に参入できる。こうして工業化プロセスを飛び越してIT大国になったインドは今、逆に製造業の強化に乗り出している。その中核が鉄鋼業だ。

デリーを訪れて、インドがいかにインフラに金をかけていないか身を持って感じることになった。飛行機がデリー近くの上空で着陸許可がおりるまで1時間も旋回した。聞いてみると毎日こんな様子のようである。最近のインドブームで来訪客が急増しているのに、飛行場の能力が付いていかないのであろう。飛行場から市内中心部までの道路も拡幅工事中で、あたりを見渡しても近代的ビルの林立する北京とは大違いだ。もっとも小生がこれまで訪れたのはデリーとハイデラバードのみで、アジアのシリコンバレーといわれるバンガロールなどでは様子も違うかもしれないが。

避けられない鉄鋼通商摩擦?

インドはこれからどのような発展を遂げるのだろうか。インドは昔から計画経済的な志向が強い。筆者が今回会った鉄鋼関係者も2010年までに鉄鋼生産を1億1000万トンに上げ、そのうち2600万トンを輸出したい、と語っていた。要するに現在の日本とほぼ同じ規模の鉄鋼生産国があらたに登場することになる。現在世界の鉄鋼生産量は11億トンで、中国は3億トンの生産能力を有している。すでに大幅な過剰設備になっているが、これが今後さらに悪化すると、かつてのような貿易摩擦が避けられない。鉄鋼は固定費の割合が高いので、いったん設備を作ってしまうと、稼動を止めることが出来ないからだ。単に市場が縮小してコスト割れとなり赤字になるだけなら市場経済下ではいたしかたない。しかし、政府の支援の下に需給動向を無視して設備拡大が行われたり、補助金で赤字を補填したりするようだと、かつてのような政府をも巻き込んだ本格的な通商問題となる。欧米各国はアジアの急激な設備拡大に疑念を持って見ている。

世界の鉄鋼貿易はまた「いつか来た道」に戻るのだろうか。このたび鉄鋼委員会の議長となった筆者としては重苦しい気分で帰国の途に着いた。


根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社)など