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ミクロとマクロのギャップ

2006年3月10日(金曜日)

1.時代の流れの認識

コンサルティングに対する見解は人それぞれでしょう が、私はコンサルティングを機能のアウトソーシングという捉え方をしています。クライアントに代わって仕事をするという意味です。その中で、企業(組織) 戦略に関する企画立案において大切にしていることがあります。それは時代の流れとの関係です。経済全体あるいは業界としての大きな流れをマクロと呼ぶなら ば、個別企業(組織)の方向性はミクロと言えるでしょう。両者がまったく同じ方向を向いていれば問題は無いのですが、両者の間にギャップがあるのが普通で す。それをどの程度に抑えるか、もし抑えられないならば中期的に収束する手立ては何かを考えておかなければならないと思っています。これは一つの経験則で す。

昨今GMの危機が話題になっていますが、半世紀ほど前はまったく様相が逆でした。1970年頃のことと記憶し ていますが、日米貿易摩擦が起き、アメリカは貿易自由化の圧力をかけてきたことがあります。当時の通産省が自動車も自由化品目に入れようとしました。これ に対して、その時にトヨタ自動車工業の社長だった石田退三氏は、「自動車は他の産業と違って弱肉強食の世界だ。ここで自由化に踏み切ったらビッグスリーの 世界になってしまう」という趣旨の言葉を投げて徹底抗戦し、自由化の先延ばしを実現しました。

トヨタの凄さは、自由化を先延ばししたことで終わらなかったことです。以降三河に閉じこもって技術を磨き上 げ、財務を強化して今日のトヨタの基礎を築きました。つまり、自由化は時代の流れなので逆らうことはできないという認識の下に、体力をつけ、国内のシェア 確保で止まることなく、国際競争に勝てる企業にまで持っていきました。一時的にマクロとギャップのある戦略を選択したが、長期的にはギャップ解消を一貫し て追及したのです。

2.半世紀を規定した戦略

もう一つの面白い例は金融業界です。最近は軒並み利 益の上方修正が行われており、公的資金導入の頃と比べると隔世の感があります。元々銀行の業績は経済の状態に左右されるところが大きいのですが、それにし ても膨大な利益を実現しています。ところが、この中味を見るともっとびっくりします。「金融」という目で見れば特別な技術革新があったわけではありませ ん。ビジネスモデルは戦後のそれから基本的に変わっていません。金融工学、ネットワーク、ITなどの要素は大きな変化ですが、商業銀行の本質である「金融 仲介機能」「決済機能」は何ら変わっていないのです。半世紀余り同じ形でビジネスが存続するということは、それだけ完成度が高いという評価ができます。そ して、現在の姿を描いて形にした初期の経営者の戦略こそ驚嘆すべきでしょう。

今日から振り返ると、銀行は、自らを産業のコメであり経済の循環システムであると位置付けて、実に精緻な設計 図を描きました。目的別に業態を分けました。都銀、長銀、信託・・信金、信組です。これは、個人が持っているお金を吸い上げるために太いパイプ、細いパイ プなど様々な流れを作り上げることです。そして、地域単位で再編成してマーケット割りをしました。その他の仕組みもありますが、このシステムによって外部 からの参入を防ぎ、業界内部の競争を局地戦に抑えることを実現しました。だから今でも銀行業界ではオセロゲームのような完全に競争相手を制圧するというこ とはありません。

このシステムを両側から見ると次のように評価できます。経済全体の立場から見れば、金融システムは経済が拡大 するための設計図ですし、銀行サイドからは経済の拡大を前提とした成長の設計図です。これほど壮大かつ緻密な設計図があったので半世紀前のビジネスモデル が今日においても有効に働いています。ポイントは言うまでもなくマクロとミクロの一致です。これほど両者がうまく融合した例はなかなか見当たりません。

3.生じるギャップを埋める時代

さて、今日膨大な利益を上げていますが、金融業界に は大きなギャップが生まれています。それが噴出したのは1990年代のデフレによる景気後退です。デフレは言うまでも無く経済の縮小ですが、金融システム がこれに対して脆弱であることが証明されました。今は再び景気が回復し2%程度ですがGDPも成長しており、その結果が業績急回復です。しかし、財政再 建、少子高齢化などを考えると、今後継続的な成長を望むことは無理でしょう。つまり金融システムは経済の縮小期、あるいは拡大と縮小が繰り返す時期に向け た設計図が描かれていないのです。言い換えると、わが国経済が変化したにも関わらず、そこに生じたギャップを埋めることができていません。
風が吹けば・・式のロジックになってしまいますが、先人が余りにも完全な設計図を描いたために、後続から描くことを奪い去ってしまったともいえます。恐らく、銀行は気が付いており水面下で次の計画を進めているのでしょう。

このことは、われわれコンサルティングを業とする者にとって極めて大きな教訓です。ミクロとマクロのギャップ は常に意識しておかなければならない事柄です。コンサルタントは、第一義的には企業経営の改善に役立つことですが、その際に経済全体、業界全体の流れをど れだけ織り込むことができるかが問われます。わが国の社会経済の姿が変わったことの影響は金融業界だけでないのはもちろんです。マクロが変化したのですか ら、成長だけではなく過去を前提とした仕組みの業界は必ず戦略転換を迫られます。先送りすればそれだけギャップは拡大します。内部に居る人は過去のイナー シャに引っ張られがちですが、業界の外から眺めているコンサルタントは察知しやすいはずです。マクロとミクロのギャップの解消。これこそ今の時代における 経営コンサルティングの要と自戒しています。


福井 和夫(ふくい かずお)
常務取締役第一コンサルティング本部長
70 年富士通に入社。95年富士通総研取締役研究開発部長に就任。98年に同総研取締役金融コンサルティング事業部長兼研究開発部長、2005年常務取締役第 一コンサルティング本部長に就任、現在に至る。他に、早稲田大学ビジネス情報アカデミー講師、日本コーポレート・ガバナンス・インデクス研究会 (JCGR)監事も勤める。著書に「新たな制約を超える企業システムの構想」「ネットワーク時代の銀行経営」(富士通出版)などがある。