2018年11月16日更新

医師や看護師の人材確保 第01回 給与だけが重要じゃない

株式会社FMCA 代表取締役 藤井 昌弘 氏

病院では、様々な人が働いているが、中でも医師と看護師はプロフィットセンターの要(かなめ)として特に重要な職種である。しかし、OECD諸国に比べて明らかに人数が少ないということも、多くの方々が指摘されているとおりである。限られた人数を沢山の病院が自院への就職を希望するのですから、「売り手市場」というわけである。
このような背景があるので、クリニックでは、優秀な事務長とは、「人を確保できる人」とまで言われている。クリニックの事務長は、一年中人材確保に苦労して、極端なことを言えば、「人材確保しかしていない」とおっしゃる事務長もいらっしゃるくらいである。病院では、クリニックほど苦労することは少ないが、やはりクリニックと同じように医師や看護師などの人材を確保するのに年中頭を悩ましている。
そもそも人が、働く場所に求める条件とは何か。給料、人間関係、通勤の利便性、企業の安定性などさまざまな条件があり、それらの条件を総合的に判断することが多いのではないか。しかし性別や年代別、結婚の有無などにより重要視する条件、項目は異なる。比較的若い世代は、給料よりも、人間関係や仕事のやりがいや将来の安定性を重視しているようである。新卒の学生たちに聞いても、就職先を決める最大の要因は、人間関係と答える学生が非常に多い。もちろん、給料が決め手と答える学生もいる。また、通勤時間が短いことを最優先にする学生もいる。これが、30代後半くらいになると、断然、給料を重視する傾向が高くなってくる。理由は、この年代は結婚し、子供が生まれるころなので、1人で暮らしていたときに比べて、必要な生活費が高くなっているからである。子供が増える、子供が大きくなるなども必要なお金が多くなる要因の一つである。40代前後には、マイホーム購入する人も増えてくる。しかし、最近は晩婚化傾向にある。さらに、結婚しない人も増えている。このように人は生きていく過程や生活スタイルなどにおいて、お金に対する考え方、重要度が異なる。
病院の職員満足度調査を実施すると、給与に対する不満は、年代が上になるほど高くなる傾向がある。年代が若い世代は、給与よりも「職場での人間関係」に悩んでいることが多い。離職、退職する理由も、給与に対する不満はそれほど多くなく、上司部下の関係であったり、同僚との関係であったり人間関係の悩みが圧倒的に多いのが特徴である。

医師や看護師も結婚したり、しなかったり、子供が生まれるなどは他の職種の人たちと同様だが、他の職種の人と違うのは、自分のキャリアについて、長いスパンで考えている人が多いということである。つまり、心臓血管外科の医師であれば、心臓の手術が上手くなりたい。難しい手術をできるようになりたい。専門医の資格を取りたいなどなど。場合によっては、画期的な治療方法や自分だけのオリジナル治療などをみつけたい。看護師であれば、がん治療のエキスパート看護師になりたいとか訪問看護に力をいれたいなど、自分の将来の目指す方向性が明確なことが多いのではないであろうか。そして、その自分の理想の姿に近付くために、どこで働けば有利なのかという理由が、働く場所を決める理由であり、そのために給料は、必ずしも優先順位一位ではないということである。
では、そのような人を採用者の観点から考えるとどうであろうか。給料よりも職場の環境を最重要視するのであるから、そのような職場環境を整えることが重要である。専門医の資格を取りたいので、症例数や手術件数などを増やしたい医師がいたとすれば、そのような環境を整える。がんに特化した看護を目指している看護師がいたとすれば、資格取得のためバックアップ体制を整備する。ある病院では、がん認定看護師の資格をとるために、様々な支援(金銭面、長期休暇など)を行っている。病院のバックアップを受けて資格をとった看護師は、その後離職することはまずない。しかもそのような支援をしてくれるということが、よい宣伝効果となり、他の看護師の離職防止に役立ち、就職希望の新卒、既卒の看護師に対して、絶好のアピールポイントにもなる。また、ある病院では、最新の放射線照射器機を導入したところ、その器機を使いたい医師が、殺到した。しかも、そのような明確な目的を持っている医師は、たとえ給与が高くなくてもまったく問題視しない。その病院は、比較的安い給料で医師を雇用することができた。最近は導入施設が多くなっていますが、ロボット手術のダ・ヴィンチについても、同様の効果があった。
特に医師の確保で重要なことは、病院側は、どのような医師を確保したいのかをはっきりさせることである。今、病院が必要としている医師は、どのような人物なのか、どのような考え方をする医師なのか具体的な人物像を予め明確にしておくことが大事である。そのためにマーケティングのペルソナ*の手法を用いることをお勧めする。
(※ペルソナ:マーケティングにおいて、提供するサービスや商品の典型的な架空の消費者像のことである。) 年齢、性別、居住地、職業などリアリティのある詳細な情報を設定して、その設定したペルソナに対して、販売戦略などを考える。

本来、ペルソナは、商品等の販売のために想定する消費者像であるが、ここでは病院に必要な人物像として、ペルソナの手法を応用する。

人材の確保については、確保すること自体困難な時代なので、まずは、どんな人物であろうと確保したいと思う気持ちも理解するが、それは後々双方にとってあまり良くない結果になることが多い。あらかじめ、病院は自院にとって今、必要な人物像を明らかにして、その人物が本当に求めているものを準備、整備することが重要である。この求めているものを明確にするのにペルソナが役立つ。必要な人物像を明確にせず、相手の琴線に触れるような事柄がなければ、「給与」のみが交渉材料、判断材料になってしまう。給与額で雇用された人は、その金額よりも高い条件の病院があれば、何の躊躇もせずに転職していく。
自院の求める人物像を明らかにして、その人物が職場に求めるものを準備することができたら、給与だけが就職や転職の判断材料にならず、適正な給与額で人材が確保でき、働く職員の満足度も高くなる。

著者プロフィール

株式会社FMCA
代表取締役

藤井 昌弘(ふじい・まさひろ)氏

1984年:医療関連企業入社
営業を経て、医療機関の運営改善や業務改善など大型プロジェクト専門職、医療機関出向、帰任後、厚生労働省担当主任研究員として厚生行政の政策分析に従事
2005年:退職及び株式会社FMCAを設立し同社代表取締役に就任

株式会社FMCA 代表取締役 藤井 昌弘(ふじい・まさひろ)氏

執筆
「病院のマネジメント」共著 建帛社
「医療機関における原価計算の取組み」、「診療圏調査への取組み」
「紹介率と医療連携」(完全返信を目指したシステム構築と運用)
「診療所における診療録の電子化についての一考察」
「新入社員のための教育研修ガイドライン」(ユニット1:医療とは何か?)日本衛生検査所協会 他
藤井昌弘の「医療・介護のWhat do you think?」(大塚商会)など継続掲載中

会員 他
日本医療・病院管理学会 会員
NPO法人HIS研究会 会員
MJS税経システム研究会 客員研究員(研究テーマ:戦略的医療機関経営)
埼玉女子短期大学 非常勤講師(担当科目:コーディング、医療法規等)
早稲田速記医療福祉専門学校 兼任講師(担当科目:財務諸表/原価計算・医療経営指標など)

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