国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 様

太陽系探査プロジェクトを支える富士通の軌道決定技術

国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構の宇宙科学研究所では、1985年のハレー彗星探査プロジェクト以来、国内すべての太陽系探査プロジェクトにおいて富士通の軌道決定技術を採用している。地球圏より遠い深宇宙における探査機の軌道決定は極めて困難だが、宇宙科学研究所 軌道決定グループと富士通により、プロジェクトを成功に導くための軌道決定ミッションが日々遂行されている。

背景

新たな領域へ挑戦を続ける
JAXA 宇宙科学研究所

国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、2003年に宇宙科学研究所(ISAS)、航空宇宙技術研究所(NAL)、宇宙開発事業団(NASDA)の3つの機関が統合して生まれた。宇宙開発利用を技術で支える中核的実施機関と位置付けられており、基礎研究から開発・利用まで一貫して取り組んでいる。プロジェクトは非常に多岐にわたり、宇宙環境の利用、人工衛星・探査機による貢献、宇宙科学・太陽系探査の研究、航空技術の研究などさまざまな活動を行っている。

「現在、小惑星探査機“はやぶさ2”が、太陽系の起源・進化と生命の原材料物質を解明するため、小惑星リュウグウの観測活動を実施しています。2019年には小惑星表面にタッチダウンを行う予定です。他にも、惑星探査において日欧初の共同プロジェクトであるベピコロンボ・ミッションがあります。このプロジェクトにおいて日本の水星磁気圏探査機“みお”が水星に向け2018年10月20日に飛び立ちました」と話すのは、はやぶさ2のミッションマネージャを務め、科学誌『Nature』が選ぶ、その年に科学で重要な役割を果たした10人“The 2018 Nature's 10”にも選出された、JAXA 宇宙科学研究所 准教授の吉川 真氏だ。

宇宙科学研究所は常に新たな領域へ挑戦し続けている。近年では多数の天体に探査機を送り込み、観測やサンプルリターンといった手法を駆使して46億年の太陽系の進化を探求している。“はやぶさ”や“はやぶさ2”もそのプロジェクトの一環だ。

吉川氏は、宇宙科学研究所において人工衛星や探査機の軌道決定の研究も行っている。「軌道決定とは、人工衛星や探査機がある時刻にどこにいるのか、どのくらいの速度なのかを推定することです。地上のアンテナと人工衛星・探査機との間で電波による通信を行うことにより、位置と速度を計算します。私たち軌道決定グループが探査機の現在位置を推定し、その結果から軌道設計グループが探査機をどう動かしたら良いかを検討します」と吉川氏は軌道決定の役割を話す。

国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構
宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系
准教授

吉川 真 氏

経緯

困難を極める
軌道決定を富士通が支援

特に太陽系探査機の軌道決定は難しいと吉川氏は言う。「困難にしている大きな要因は、距離の遠さです。太陽系探査機は、地球を周回している人工衛星と比べて地球からの距離が格段に遠く、そのため電波で速度を測ったときの変化が非常に小さいので、推定が難しいのです。さらに、距離が遠いと、電波が弱くなり、ノイズも多くなります。データの質が悪くなると軌道決定の精度が落ちてしまうのです」(吉川氏)。他にも、太陽光の圧力などの微小な力も考慮しなければならないことや、探査機の推進システムであるスラスターやイオンエンジンの出力が一定ではないことなども軌道決定を難しくする要因になる。

「太陽系探査機の軌道決定は、本当に細かな、さまざまな要因一つ一つを高い精度で推定していかないと正確な位置は出せません。そこがとても難しいのです」と吉川氏は話す。

この軌道決定を支援しているのが富士通だ。これまで、1985年のハレー彗星探査プロジェクトから現在に至るまで、30年以上にわたり多くのプロジェクトに関わっている。さきがけ・すいせい(彗星探査、1985年)から始まり、ひてん(工学実験衛星、1990年)、のぞみ(火星探査、1998年)、はやぶさ(小惑星イトカワ探査、2003年)、かぐや(月探査、2007年)、あかつき(金星探査、2010年)、IKAROS(ソーラー電力セイル実証、2010年)、はやぶさ2(小惑星リュウグウ探査、2014年)、みお(水星探査、2018年)まで、日本における太陽系探査プロジェクトのすべてにおいて、富士通は軌道決定システムの開発と運用を担っている。

「富士通には、とくに深宇宙、月よりも遠いところでの軌道決定を支援してもらっています。深宇宙での軌道決定は日本では私たちと富士通しかやっていません。人工衛星の軌道決定の場合は、地球からの距離が近いですし、運用事例も豊富なのでノウハウが蓄積されているのですが、深宇宙の軌道決定の場合は、そもそも日本には事例がないのでノウハウもありません。初めてのことを次から次へとやっていくので、事前に想定していたのとは違うことがよく起きます」と吉川氏は語る。

■ 富士通が軌道決定を支援する太陽系探査プロジェクト

プロジェクトチームの一員として
太陽系探査機の軌道決定を担う

富士通が提供する軌道決定システムは、地上局が探査機を電波追跡したデータ、そして場合によっては探査機が目標天体を観測したデータも利用して、探査機の位置を正確に計算する。しかし、単にシステムを納品しているだけではない。

「深宇宙では初めてのことがとても多いため、最初に作ったソフトウェアそのままでは適用できないことが多くあります。軌道決定システムで計算をした結果がちょっとおかしいということになれば、ではやり方を考えてみようと私たちと富士通で議論するわけです。そしてシステムの改良や運用の工夫をして改善していくのです。富士通には、外部の協力会社というような距離をおいた関係ではなく、軌道決定チームの一員として、責任をもってプロジェクトに参画してもらっています」(吉川氏)。

太陽系探査機での軌道決定では、困難な状況によく直面する。「火星探査“のぞみ”のプロジェクトでトラブルが発生したときに、富士通の技術力に助けられました」と吉川氏は話す。探査機“のぞみ”は2系統の電波の周波数をもっていたが、その内の1系統が航行中に使えなくなってしまった。残った1系統は指向性の強いパラボラアンテナからしか電波を発することができず、正面には強い電波が出るが横への電波は弱いという問題があった。「探査機のパラボラアンテナを使うときには、アンテナをきちんと地球に向けて通信をする必要があるのですが、「のぞみ」のときには探査機の姿勢の関係で必ずしもアンテナを地球に向けることができませんでした。この困難に対し富士通は、通常であれば質が大変悪くてとても利用できない横方向に漏れ出す電波を受信したデータを上手く処理して、軌道決定に使えるデータだけを拾い出して運用するという手法をとりました。とても難しい仕事だったのですが富士通は成し遂げてくれました。私が宇宙科学研究所に来て最初の惑星探査プロジェクトが“のぞみ”でしたので大変印象深いです」と吉川氏は振り返り、富士通の技術を評価した。

ポイント

“はやぶさ”の奇跡的な帰還も
富士通の軌道決定がサポート

2003年に打ち上げられた小惑星探査機“はやぶさ”の軌道決定も富士通が支援した。

“はやぶさ”は日本初のイオンエンジンを搭載していた。イオンエンジンは従来のエンジンとは異なり、力は弱いものの連続的な推力が出ることが特徴だ。「従来の化学エンジンは一瞬噴射してすぐに停止するので、その一瞬を推定すれば良かったのですが、イオンエンジンは継続して噴射し続けているので、時系列で推力を推定しなければならず、軌道決定が難しいのです」と吉川氏は解説する。

“はやぶさ”は2005年9月12日に小惑星イトカワに到着。イトカワ近傍に滞在して観測した後、2005年11月にはイトカワへの着陸に成功した。しかし、その後燃料漏れやエンジン停止、通信途絶などさまざまなトラブルが発生。「“はやぶさ”からの電波がまったく届かなくなってしまったわけですが、諦めずにやろう、ということになりました。電波がいつ復帰しても良いように地球からアンテナを向け続けなくてはいけない。電波が途絶えるまでの状況を考慮して、その後の軌道の誤差範囲を予測計算し、いつごろまでなら、この範囲に「はやぶさ」がいるはずだ、と様々な可能性を検討しました。結果的には、想定されたよりもずっと早く、約7週間後にアンテナを向けた方向から“はやぶさ”の電波がきました。「はやぶさ」の奇跡的な復活に、プロジェクトチーム全員で驚きと喜びに沸いた瞬間でしたね」と吉川氏は語る。

“はやぶさ”は何度も帰還が危ぶまれるトラブルに遭遇しながら、2010年6月13日にオーストラリアの砂漠に帰還カプセルを着陸させた。

さらに2014年、“はやぶさ”の後継となる“はやぶさ2”が小惑星リュウグウに向け、打ち上げられた。“はやぶさ2”には、従来の太陽系探査機よりもさらに高精度な軌道決定を実現するために、DDOR(Delta Differential One-way Range)という技術が採用されている。

「遠く離れた2局の地上アンテナで電波を同時に受信して、信号の受信時刻差を計測することでさらに精度の高い軌道決定が可能となります。従来よりも精度は2桁くらい上がっています」と吉川氏。従来までの軌道決定方法では1億kmあたり100kmの誤差と言われている。つまり3億km離れた“はやぶさ2”では300kmの誤差だ。DDORを用いることにより誤差は数kmに収まる。

「3億kmで300kmというとかなりの誤差に聞こえますが、1万kmで10m程度の誤差です。これでもかなりの精度です。ですが、DDORを使えば1万kmあたりで数十cmの誤差まで軌道決定の精度を高められます。これは東京からアメリカのシカゴにある数十cmの的を狙えるほどの精度です」と吉川氏は説明する。

2018年末時点で“はやぶさ2”はすでに小惑星リュウグウに到着しており、タッチダウンの日を待っている。

効果と今後の展望

経験を重ねて進化し、
さらに軌道決定の精度を高めていく

軌道決定には経験が非常に重要であると吉川氏は強調する。「日本は人工衛星をたくさん打ち上げていますが、月以遠まで行った探査機は十程度しかありません。地上でさまざまな想定を行っても宇宙空間ではまったく違ったということも多くあります。トラブルが起きたり、予測していなかった場面に遭遇したりしたときに、それを解析・分析し、次にどう繋げていくか。進化していくためには経験がとても重要です」と吉川氏。

軌道決定グループと富士通ではそうした経験を重ねることで軌道決定の精度を高め続けている。ともに軌道決定を行う富士通について吉川氏は次のように語る。「一緒にプロジェクトを進めている富士通の方は非常に優秀で、経験も豊富です。ソフトウェアの対応など、大変な作業も多いですが、責任感をもってとても熱心に仕事をしてくれます」と高く評価している。

2018年末現在、宇宙科学研究所では太陽系探査機として“あかつき”、“IKAROS”、“はやぶさ2”、“みお”を運用中だ。軌道決定グループと富士通ではこれからも引き続きこれら運用中の探査機について軌道決定を続けていく。

「さらに、2020年代前半の探査機打ち上げを目指し、火星衛星探査計画(MMX : Martian Moons eXploration)の研究開発がスタートしています。これは“はやぶさ2”よりもさらに難しいプロジェクトで、正確な軌道決定が重要になります。これまで同様に富士通とともに取り組んでいきたいですね」と吉川氏は展望を語る。これからも富士通は、軌道決定技術によって日本の太陽系探査プロジェクトを支えていく。

(2018年12月取材)

国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 様

本社 東京都調布市深大寺東町7-44-1
代表者 理事長 山川 宏
ホームページ http://www.jaxa.jp/
概要 日本で唯一の宇宙航空分野における研究開発機関。経営理念に「宇宙と空を活かし、安全で豊かな社会を実現する」、コーポレートスローガンに「Explore to Realize」を掲げ、新たな宇宙への可能性を切り開く宇宙工学を中心としたさまざまな研究を進めている。

[2019年3月掲載]

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